第一章 好ましからざる同行者 1
運河を進む平底船の甲板で爽やかな川風に吹かれながら、若き気鋭の諮問魔術師エレン・ディグビーは後悔していた。
――わたくし、どうしてこんな事件を引き受けてしまったのかしら?
平底船の進む先は大学街カトルフォード。
エレンの生家のある南カトルフォードのセルカークからは運河で半日の距離だ。
大タメシス行政区からはもちろん外れているから、タメシス警視庁任命の――最年少かつ唯一の女性の!――諮問魔術師であるエレンの本来の仕事場所ではない。
今回の仕事の依頼は半ば私的なものだ。
――教授も本当に生真面目なんだから! トリスタン経由ではなく直接わたくしに報せをくださったら、今頃は一人で気楽な船旅を愉しめたはずなのに……
川風に吹かれる鍔広の紺のジョーゼットの帽子を右手で抑えてため息をついていると、
「おい、聞いているのかエレン! 僕は本当にお前の将来を心配しているんだ」
エレンの後悔の源である次兄のトリスタン・ディグビーが、くっきりとした弓型の黒い眉を吊り上げてガミガミと怒鳴りつけてきた。
エレンも負けずに眉を吊り上げて言い返す。
「それだけの大声だったら聞こえるに決まっているでしょう! 家で何度も話したじゃない、スタンレー卿は単なる依頼人だって」
「それじゃあの、お前がよく手紙に書いてくる、かなり親しくしているらしい警視庁の若い警部補とやらは?」
「ミスター・ニーダムのことを言っているなら、それこそ完全に仕事の付き合いでしょうが」
「それならあの魔術師組合の長は?」
「やめてよ気持ち悪い。サー・フレデリックとわたくしのあいだに恋愛感情なんかあるわけないでしょ?」
「気持ち悪いってお前、彼は準男爵なんだろう? 選ぶなら僕はあの男がいい。断然彼がいいね!」
「なんだってそうサーを押すのよこの俗物牧師!」
「黙れ行き遅れ!」
どっちも短気なディグビー兄妹の言い合いは簡単にヒートアップする。
ふと気が付けば、同乗している数少ない相客たちが、妹の結婚問題についてずっと口論している若い――二十八と二十六の――兄妹のやり取りに、手すりにもたれて河岸の田園風景を楽しむフリをしながら、さりげなく、しかしいかにも興味津々と聞き耳を立てているのが分かった。
没頭すると周囲の見えない傾向のあるトリスタンはおのれが耳目を集めている事実に気付いていないようだ。
「――ねえトリスタン」
エレンはわざと深刻そうに囁いた。
「なんだ?」
「気づいていないの?」
「なにに?」
「あなたの大声、かなり注目を集めている」
「え?」
次兄がぎょっとした顔で慌てて周囲を見回す。
疎らな相客たちがわざとらしく咳払いをし、われわれ何にも聞いていませーんとでもいたげに互いに会話を始める。
トリスタンはやや浅黒い肌をカッと羞恥に染め、眉間に皴をよせて、くずれてもいない白いクラバットの襞を気まずそうに直しにかかった。
相変わらず世間様の目に弱い次兄だ。