もう一度あの空の下で
最寄り駅までは歩いて10分程で着くが、むさ苦しい満員電車が死ぬほど苦手なので小中共に自転車で通学していた。
通う高校を選んだ理由も実は自転車通学可の、しかも20分程度で着くという丁度いい立地にあったからという単純な理由だった。偏差値だとか制服だとかのこだわりは無い。
近所のおばちゃん達から死角になってから自転車に跨る。家を出てすぐに乗り出したら挨拶もろくに出来ない、逃げるように去っていくとか何とかウザったいヒソヒソ話の小ネタにされかねん。それだけはぜっっったいに阻止したい。
おばちゃん達から見えなくなったところでやっと気を抜いてイヤホンを取り出す。俺の朝のルーティンは音楽を聴きながら自転車を漕ぐことだ。違反だけど。
特に好きな歌手とか曲はないがランダム再生される曲を永遠リピートで聞く。懐かしい曲が流れたり変な歌詞の曲が流れたりといろんな曲が聞けて割と楽しいからたまに鼻歌なんか歌いながら漕いじゃってたりする。
そうそうこれこれ、この時間が大好きなんだ、と。
ペダルを漕ぐ速度に合わせて身体を沿うように流れる風、風を受け膨らんではためくシャツ、素肌を焼くようにチリリと刺す太陽。目を閉じてスーッと思い切り息を吸い、そして一気に吐き出す。最高に気持ちがいい。
この時間だけが唯一の心の癒しで。傍から見りゃ相当気持ち悪いのだろうがニヤついていると思う、多分。
15分ほど気持ちよく漕いでいたところで急にペダルから異音がした。え、なになにどうした俺の愛車。ちらと音がするほうを見たが原因は分からず。首を捻りながらも構わず漕いでいると急激にペダルの噛み合わせが悪くなり抵抗を感じなくなった。
なになになにどうしたよと慌てふためき自転車から降りて見てみると、チェーンが外れていた。
マジかよちくしょう今までの不幸を洗い流せるくらい気持ちいい思いをやっとできた瞬間にこれか。嘘だろ嘘だろ嘘だろ。ツイてないにも程がありすぎるだろド畜生が。今日占い最下位か?いやむしろ毎日最下位でしかない人生なんだったそうだったわうん。
なんてグチグチ言いながら脇道に入り改めて見てみる。チェーン絡まるなんて一昔前のママチャリかよ、今時ママチャリでもそう無いってなんでいきなり絡まるかなツイて無さすぎでしょというかどうやって直すんだろ全然分からん。
回しゃいいのか?とペダルをぐるぐる回してみてもただ空を切るだけだった。
本日何度目かの深い深い深〜〜〜〜〜いため息をつき項垂れる。いや確かに何が起きてもいいように少し余裕もって家出たけどさ。一応今日から高校に入学だっていう晴れ舞台なわけで?度重なる不幸とどうせっていうネガティブ思考を頑張って奮い立たせて楽しみにしていたわけですよ。割とね、割と楽しみにしてたわけなのよ。
それなのにそれなのにそれなのに!ツイて無さすぎにも程があるだろ俺ぇ〜〜まじで何なのこのアンラッキー具合え何今日死ぬの俺今日死んじゃうんですか?
「あーあーあーあー嫌味かこの青すぎる空なんだ太陽め俺を嘲笑ってんのか?楽しいかオイこちとら最悪なんだよ分かってんのかこのタコすけぇ!」
さっきまで俺に微笑みかけていたはずの太陽、真っ青の空が今となってはこの不運を知らずに鼻歌を歌い気持ちよさそうにしていた俺を見て嘲笑っていたように感じ、チッと舌打ちして青空を指さし悪態をつく。が、その叫びも全く聞き入れられていないようで相変わらず爽やかな青にすっと吸い込まれていった。また深く溜息をつき、俺は自転車の横に座り込んだ。
いやほんとアホくさ、何やってんだ俺。ガックリと項垂れ頭を抱えた。まあでもこんなとこでぶうたれていてもチェーンが直るわけでも学校に着くわけでも幸せになれる訳でもない。そう思いグッと腹に力を入れた
「っっっっしゃーーーやってやるぞコノヤロー!!」
腹から思いっきり声を出し空虚に向かって悪態をつく。
「うわっっ!!」
叫びながらガバッっっっっと立ち上がると視界の端で小さい固りが奇声を上げ転がった
「え、えっ何何びっくりした」
突然ゼロ距離であがった声に驚き、普段なら口に出さずに心のうちで発している声を音として発してしまった。
俺の視界の端ですっ転んだ小さな固まりはキッとこちらを睨みつけながら立ち上がったのだった