甘えたことのない人とお姉ちゃんになりたかった人
「ゆーくんおひさー。元気してた〜?」
「はi ···うん。元気だったけど、おひさではなくない?(笑)。ゆかさんは?」
「もー、だからさん付けじゃなくて姉とかお姉ちゃんとかがいいなって言ってるのに···ほーら!言ってみてよ!」
「〜ッ!···ゆかお姉ちゃん···」
「···ホンットにゆーくんは可愛いね。そんなに真っ赤になっちゃって───どうする?今日はもう《《寝る》》?」
「···うん。ゆかお姉ちゃんと寝る。···あの、今日もさ···」
「うんうん。分かってるよ。私の胸を赤ちゃんみたいに吸いt「吸わないって!!」──胸に顔うずめながら、抱きついて寝たいんでしょ?分かってますとも」
「〜ッ!!ゆかお姉ちゃんの意地悪。分かってるのに···」
「ごめんて。ゆーくん可愛いからさ、お姉ちゃんは可愛い顔みたいし、意地悪とか可愛がりたいんだよ───ほらっ。早くベッド来て。おしゃべりもベッドの中でしよっ?ゆーくんは早く抱きつきたいんでしょ?」
「分かってるんなら言わないで!結構恥ずかしいから!」
「ごめんね。お姉ちゃんは弟くんのこと分かってるアピールをしたいものなんだよ」
「分かってるから!お姉ちゃんが僕のこと分かってくれてるのを!」
「そう、ならよかったよかった。言ってる間にニット脱いで偉いね。外ちょい寒かったよね。まぁもう10月だから仕方ないけど···」
「ちょっとだけ寒かったね···でもお姉ちゃんが勧めてくれたニットでちょうど良かったよ」
「お姉ちゃんの目に間違いはないからね。···ゆーくんが、その緑のニット着てるとこ見たかったし、着て来てくれてありがと」
「こちらこそ?···というか、こっちジロジロ見ないでよ···そこ行くの恥ずかしいんだよ?」
「───でもいいの?恥ずかしがってたら、いつまでも《《寝れない》》けど」
「······分かってるって···今行くよ」
「は〜い。お姉ちゃん、ゆーくんのためにあっためといたんだよ?偉いでしょ〜?」
「あホントだ···めっちゃあったかい」
「ゆーくんあったかベッド好きだもんね〜」
「···うん好き···」
「人肌感じられるからかな〜?ゆーくん甘えたがりだもんね〜」
「───お姉ちゃん···もうして···いい?」
「ゆーくんは何をしたいのかなぁ〜···お姉ちゃん言ってくれないと分かんないなぁ〜」
「······抱きついて···いい?」
「···いいよ。ほら来て?」
「···うん···」
「ぎゅーーっ。···ゆーくん寝ちゃいそう?」
「···うん···安心して寝ちゃいそう」
「そっか。なら、1回寝ちゃったら?ゆーくんだいぶ顔色悪いよ···また、勉強とかバイト頑張ってたんだね。偉いよ」
「···ぅん···おねぇちゃんありがと···おねぇちゃんもまいにちがんばってて、えらいよ」
「ホントにこの子は···可愛いんだから───もう寝ちゃいなさい。私がずっと抱きしめていてあげるから」
「···おねぇちゃんいつもありがと···」
「············おやすみ。私のゆーくん···本当にこの子は頑張り屋すぎるんだから···もっともっとズルく生きてもいいのに···」
「私も寝るね···ずっと抱きしめているから安心して寝てね···おやすみ···」
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
あの時の僕、木崎優は本当にどうかしていたんだと思う。だけど、今はそれでよかったと思ってる。
僕が子どもの頃に病気で母親が、その後を追うように父親も交通事故で死んでしまった。
そのため、僕の肉親が祖母と妹だけになった。幸い両親の生命保険でお金はあったが、収入は無くなった。
だから僕は家族を支えられるようになるため必死に勉強をがんばった。塾や予備校に行ける金はなかったし、大学の入学金を払えるような大金なんてある訳がなかった───頼れるのは自分だけだった。自分が1人で努力するしかなかった。───だから僕は勉強以外のすべてを切り捨てた。
その結果、僕はそこそこ難しめでそこそこ有名な大学に特待生として入学することができた。
入学当初は、特待生として求められるラインをこえるように力を入れていたが、思った以上に評価のつけ方が甘く、どこか拍子抜けだった。
そこで僕は(《big》《b》必死に頑張らなくてもいいんじゃないか《/b》《/big》)そう思ってしまった。
《big》《b》頑張らなくていい《/b》《/big》なんてことを考えたことがなかったからか、一気に張り詰めていた気持ちが抜けてしまった。
そのときに僕は初めて勉強以外の道が目に入るようになった。
今まで気づかなかったが、隣を見れば、何かのゲームの動画を見ている人がいる。カップルがいる。スポーツをしている人がいる。
自分が中高生時代に《《雑音》》だと切り捨てた部分が一気に自分のなかに駆け巡った。
そういう人を見ていると僕は、どこか羨ましく感じた。···感じてしまった。
そんな風に考えていたら、ふと(《b》自分には何があっただろう《/b》?)そう考えてしまった。
先生やおばあちゃん以外に褒められた記憶はなく、その2人も学業関連だけだった···
───そんな人生でいいんだろうか?
これほど頑張ってきた僕の人生がこんなに惨めで終わりたくない。僕の人生が誰にも認められないまま終わりたくない。
そのときの僕は、学生生活がというよりは僕の人生自体が終わる気がした。
今考えると短絡的すぎたが、そう思ってしまった。
そう思ってしまったからなのだろうか、僕は《b》人に認められたくなった《/b》いや、《b》人に甘えたくなった《/b》。
自分が人に甘える姿なんて、幼少期の記憶でさえないから、まったく想像できなかったが···
けど、僕は多分人に認められ甘やかして欲しかったんだろう。
今になればその気持ちが分かるが、そのときはそう思ってしまった自分を恥じていた。
しかし、人に甘えることを知らず、人への興味が湧かない人間が甘えられる人を見つけることは困難でしかなかった。
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
大学の夏休みで僕は甘えられる人や場所を探した。けど、身近な人といえば家族や幼なじみくらいしかいないが、それは嫌だった。
祖母にいまさら甘える自分を想像できないし、そんな自分が気持ち悪いと感じた。妹なんてもっての外だった。
───唯一の友だちといえる幼なじみのことが一瞬頭をよぎったが、僕が彼女に勉強を教えていたときに、彼女がアホの子ということが分かってるので候補から外れた。
出会い系や風俗のことも18をこえているため考えたが、誰とでも寝る人に甘えることに強い拒絶感を感じた。───そして僕はそういう快楽に溺れたい訳ではないことを改めて認識した。
悩んでいるときに僕はふと、「大人が甘えられる場所」と検索していた。
ペットショップや猫カフェなどが出てくるなかで1つ、目に止まるものがあった。
それが、《big》「添い寝屋」《/big》だった。
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「添い寝屋」は家から電車一本で行けて、ラブホテル街にある小さなホテルのような場所であった。
そこに行くまでの、パパ活やママ活のような親子ほど年の離れている男女が手を繋いでいたり、腕を組んでいたりした。
それに、少し吐き気を覚えたが、自分がこれからするのが同じようなことだと思うと、自分に対しての嫌悪感が凄まじかった。
そんなことを考えながら歩いていると、そこに着いた。
少し震える手で自動ドアのスイッチを押し、僕は「添い寝屋」に入った。
「「いらっしゃいませ」」
受付の場所に男女2人がいた。2人とも美男美女という感じというより、清潔感があり、誰が見ても好感がある感じであった。
僕は女の人がいる男性用の受付に向かった。
「当店のご利用は初めてございますか?」
「はい、初めてです」
「では、この『添い寝屋』の説明をさせていただきますね。···といってもシンプルなのですがね。当店は個室でいっしょに寝る。ただそれだけございます。───ですので風俗などと違い、体の関係を持つことを禁止させていただいてます。ご理解されていますか?」
「はい」
「そうですか。それならよかったです···では、どのようなタイプの女性を望まれてますか?」
「······ぁ······」
言葉が詰まった。人に《b》甘えたい《/b》なんて欲求を出したことがなかった。それ以前に人に自分の純粋の欲求を言うなんてことをしたことがなかった。だから、詰まってしまった。───そんなときに、
「自分に正直になればいいのですよ。···ここではどんなことでも受け入れられます」
子どもをあやすような、人を慰めるような、人を落ち着かせるような、そんな声だった。その声聞き、僕は、
「あまやかしてくれる、ぉ、おねぇちゃんみたいな人が···」
そう、自分の純粋な欲求がポロッと出た。
「姉のように甘えられる年上の女性ですね。少々お待ちください」
カタカタとパソコンを打ち、数人のプロフィールを提示してくれた。
「お客様のご希望でしたら、このあたりですね···どうですか?ご期待に添えるような女性はいらっしゃいましたか?」
「············」
「?お客様?」
簡単な自己紹介や、目元や口元といった部分的にしか写っていない写真を見て、僕は1人の女の人が目についた。
その人は、自己紹介に「年下男性を甘やかしてみたい」と書いていて、写真は微笑んでいる口元だけだった。けど、その口元がどこか魅惑的で惹かれる感覚があった。
「···すみません。この《《ゆか》》という人は、どんな女性ですか?」
「彼女は新人ですね。新人というより、まだ1度も寝ていませんね···少々好みが限定的ですので」
「好み?」
「えぇ。といってもお客様なら大丈夫でしょう。少々お待ちください」
僕は(好みって何だろ?)と一抹の不安を抱えながら、受付の人の言葉を待った。
すると、
「お客様、20分ほど時間よろしいでしょうか」
「?···はい大丈夫ですけど···」
「でしたら、401号室のほうでお待ちください。お待ちになっている間、体や頭を洗っていただけると助かります」
「···はい分かりました」
電子キーを貰い、不安と少しの期待とともに僕は401室へ向かった。
そこは、本当にホテルの一室のようだった。入り口の近くの右側にトイレがあり、左側にはシャワーや浴室もあった。
部屋の広い場所に冷蔵庫もあった。
そして、部屋の1番大きくあったのが、ダブルのベットだった。
僕は荷物を置き、はやる気持ちを抑えつつ、シャワーを浴びに行った。
15分ほどゆっくりシャワーを浴び、頭や体を洗い終わり浴室から出た。
ちょっとキレイめな寝巻きに着替え、ドライヤーで頭を乾かしていると、「コンコン」とノックが鳴った。
「···はい···」
不安と期待を胸に僕はドアを開けに行った。
ガチャ
そこには、身長はギリギリ僕の方が高いくらいの少し茶髪で肩までかかりそうな外ハネをしている髪をしていて、目は少しクリッとしていて、プロフィールで見た口元をした、おっとりしたお姉さんが立っていた。
「···《big》お姉ちゃん《/big》···」
目の前のお姉さんに見惚れて出た言葉だった。これが、ゆかさんのスイッチを完全に押したことを後から知った。
「···《big》お姉ちゃん《/big》···」
目の前の子は天使か子犬か何かでしょうか?癖っ毛な黒い髪に、少し垂れた目。丸い鼻。170センチいかないくらいの身長。かなり細身な体。そして、どこか守ってあげたくなる優しげで儚い感じ。───総じて可愛すぎます。
そんな男の子が、少し潤んだ目で私のことを「《b》お姉ちゃん《/b》」?······「添い寝屋」さんありがとうございました。今日で私は卒業します。───まぁ今回が初めてで最後ですけど。
受付の人の話しによれば、彼は「姉のように甘えられる年上の女性」を探してると···
──────《big》それって私じゃない?!《/big》
受付の人から、「あなたが気に入りそうな男の子が来ました」って言われて来てみたら、想像より可愛い子がいるなんて夢かな?
───でも、現実だよね。ってか、この子抱きしめていいよね!多分いいよね!
「ねぇ、弟くん?腕広げて?」
「お、弟くん?···えっと、はい?」
「そうそう。そのくらいでいいよっと。ほら、ぎゅーっ」
「ッ〜!!な、なッ、何してるんですか?!?!」
「ん?ぎゅー」
「やっ、そういうことじゃなくて···」
「だって弟くん。甘えられるお姉ちゃんみたいな人が欲しかったんでしょ?···こういうことがしたかったんじゃないの?」
「ッ!そうですけどっ!いきなりすぎますってッ!!」
「顔真っ赤になっちゃって可愛いね。···何かお姉ちゃんとしたいことある?お姉ちゃん、弟くんのためならなんだってするよ」
「じゃあ1回離れてくださいッ!」
「ん〜。それはできないね。だって弟くんの方も抱きついてるし」
「はっ?えっ?······ホント···だ」
「ホントだって(ホントに甘えたなんだろうね。めっちゃ可愛い)···お姉ちゃんが嘘つく訳ないでしょ?」
「いやっ、お姉さんとは初対面ですし···」
「そうだったね。弟くん名前は?私はゆか。是非とも弟くんには、ゆか姉とか、ゆかお姉ちゃんとかで呼んでほしいな♬」
「ゆかさんですよね。·········僕は《《ゆー》》です」
「ゆーくんか。可愛い名前だね。···でも私の呼び方間違ってるよ!ほら、1回呼んでみて?どっちの呼び方でもいいからさ!」
「───ゆか、ぉ、お姉ちゃん?」
「······ハッ?ごめん、よく聞こえなかったから、今のと違う呼び方でもう1回お願いしていい?」
「聞こえてるじゃないですか···《small》ゆか姉《/small》」
「······ッスゥーッ、フゥーーッ。···今からゆーくんは私の弟だからね。私以外の人に甘えちゃダメだからね?分かった?」
「何を言ってるんですか?」
「あぁ、あと敬語も禁止ね。姉弟で敬語使うのは変じゃない?」
「いやっ、あのぉ?」
「あ、そうだ。ぎゅーから離れるの嫌だけど、そろそろベッド行こっか。そこでもう1回ぎゅーして、めっちゃくっついていっしょに寝よっか」
「だから、あのっ?」
「まぁまぁ、難しい話はあとにして、一旦いっしょに寝よっ?···だってここ添い寝屋だよ?」
「いやっ、そうなんですけど···」
「《b》敬語禁止《/b》」
「はいっ···あっ、うん」
「今うんって言ったよね?ほら、手繋いでベッドまで行こ?」
「あっ···ふぅ···うん。分かった」
「素直なゆーくん好きだよ」
「な、なっ?!すっ、好き?!僕のことが?!」
「?···好きじゃなきゃこんなことしてなくない?」
「いやっそうだけど······距離感近すぎて分かんないよ」
「だから、そういうの考えるのはベッドの中でしよ?あっ、でも私シャワー浴びてないや。···ゆーくん、お姉ちゃんの匂いどんな感じ?」
「お姉ちゃんの匂い?···めっちゃいい匂いだけど?」
「よし。なら服着替えるだけでいいっか。ゆーくんはその格好で寝るの?」
「うん。普通にこのままでって思ったけど···」
「分かった。なら服だけ着替えるから、服脱ぐの、ゆーくん手伝ってくれる?」
「僕後ろ向いてるんで、はやく着替えてくださいッ!!」
「え〜お姉ちゃんの下着姿見たくないの?」
「いやっ、見たくないわけじゃ···ってそうじゃなくて!」
「ふふっ(笑)ゆーくんはホントに可愛いね」
「ッ〜!!」
「ちょっと待っててね。汗あんまかかないから、すぐ着替えられるよ」
「ゆーくん待たせてごめんね。それじゃあ寝よっか。腕枕とかされたい?されたいよね。そうだよね。じゃあ、私から入るね。···んで、はい。私の腕、枕にして私に抱きついて?」
「···うん···えっと、ぉ、お願いします···」
「なんでそんなかしこまってるの?ほーらリラックスリラックス。お姉ちゃんの腕にごろーんしてね」
「ぅん。お姉ちゃんの腕やわらかいね。···《small》気持ちいい《/small》···」
「もっと抱きついていいんだよ?」
「う、うん···お邪魔します」
「···力加減うまいね。抱きつかれてるのめっちゃ気持ちいいよ」
「────── 《small》う゛わあ゛あ゛ぁぁぁっ!《/small》」
「ゆーくんに何があるのか知らないけど、私はゆーくんお姉ちゃんだし、甘えていいんだよ?」
「···············ありがとぉ、お姉ちゃん···」
「···この子はホントに可愛いんだから。ほら、1回寝てスッキリしてね。起きてもお姉ちゃんがいるからね」
「···お姉ちゃん···ありがと···おやすみ···」
「───おやすみなさい。(ゆーくんが何を抱え込んでるのか知らないけど、絶対にこの子のお姉ちゃんになる。それだけは譲れない···譲ってたまるか)···ゆーくん良い夢見てね···」
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
「······ぅぅん?あれぇ?ここって···」
「ゆーくんおはよ〜。今はね〜6時30分だね。やっぱゆーくんすごいね。ピッタリだよ〜」
「あ、ゆか姉おはよ。腕痺れてない?───今日はお仕事何時から?9時からだったっけ?」
「大丈夫大丈夫!ゆーくん軽いから。───うん。そだよ〜。ゆーくんも9時スタートだもんね。お互い朝早いよね」
「まぁ、仕方ないよ(笑)そういえば今日さ、冬服買いに行こうかなって思ってて」
「···もしかして、私のとこで?」
「うん。メンズの冬服入ったって言ってたよね?だから行こうかなって」
「ホントに!?やった!!お仕事の活力にするね!!来るの楽しみにしてる!!」
「お昼の3時くらいに行けると思う。···でも、お姉ちゃん通常価格より安く買わせようとするの辞めてね。ちゃんと買いたいし」
「えぇ〜っ!いいじゃん別に···家族割ってことで···(笑)」
「もう何言ってるさって、結構ゆっくり話しちゃってたね。···そろそろ起きないとじゃない?」
「んっ。いっしょに起きて顔洗いに行こっか」
「うん」
木崎優
承認欲求と甘えたがぐちゃぐちゃになってた大学1年生。夏休み中、ほぼ「姉」の部屋でいっしょに寝ていた人。夏休みが終わっても週5くらいのペースで寝ている。
ゆか
「ゆーくん」を見つけ一発で「添い寝屋」を辞めた、勢いマックスなお姉ちゃん。始めの「…お姉ちゃん…」でもう無理だったっぽい。アパレルの店員さん。「弟」の服はほぼお姉ちゃんセレクト。
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