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あの日の風景

作者: キリュン

 矢島は新刊のビジネス書を7冊、淀みなく買い物かごに放り込んだ。矢島曰く、書店の目抜きの位置に平積みされているものが即ち今のトレンドに相違ないのだから、本の選別に悩む必要は無いらしい。街の書店レベルであればそういった本が親切にもランキング形式に並べられているので、黙って集合知の結果に従えば良いのだと矢島は言った。


「そういう読み方って面白いのかな」

「面白いわけないだろ。大体、平積みコーナーがターゲットにしてるのは、君みたいな読書に面白味を感じてしまうような層じゃないんだから」


 矢島はいつも一言余計だ。経済心理学を専攻している矢島は、日本を取り巻いているイシューが明確に現れるのは今の時代も書店であるという持論を掲げ、半ば作業のごとく本を買っていく。


「今も昔もトレンド上位にいるのは、いわば要約本ってやつだ。○○学を2時間でざっと学べるとか、明日から使える△△の知識とか、そういった類のやつ」

「ビジネス書ってそういうものだろう」

「それがここ最近かなり増えてきた。反対に減少傾向にあるのは右翼系のトンデモに類する本」

「安倍が死んだからか」

「知らん。今大事なのは目に見える事実、理由を考えるのは後でいい」

「投資を勧める本が増えたんじゃない」

「確かに。それでも去年程の勢いはない。代わりに〇万円で自由に暮らすとか、〇万円で始める副業とか、そういうのがじわじわ来てる」


 私は矢島の隣で、自転車の空気を入れるみたいにテンポよく質問を投げる。私の問いかけに矢島は饒舌に答える。何かを饒舌に語っている時の矢島は一緒にいて飽きないというか、ちょっと面白い。ここの本屋に来ると私たちはいつも併設されているカフェに立ち寄る。私はいつも矢島に遅れるかたちで自分の本を選んで、既に座席でパラパラとビジネス書を読みだしている矢島の向かい側に座る。


「動向をチェックするだけなら買わなくていいのに」

「いや、内容だってかなり変容している。特にここ最近の中身の簡素化はひどいものだ」

「立ち読みでも、ある程度の冊数読めるでしょ。変に真面目というか」

「一応研究してる分野の関連だし、別に趣味でやってるんじゃないんだから」

「家の中凄いことになってるよ」

「それでもある程度たまったらまとめて売ってる。新刊なら定価で売れたりもする」


 私は矢島の言葉を耳半分で受けながら本を読む。私は本屋に来たらゆっくりと本を探したい。特にここは都市部でもかなり大型の店舗で、ビル内をまるごと書店にしている。ジャンルを問わずに本が好きな私は、流されるようにエスカレーターを行ったり来たりする。ひとしきりゆらゆらと楽しんだ後、この日は文庫本の小説を1冊買った。

 飲みかけのアメリカンがコップの底に沈む頃、矢島は大きく伸びをして身体を反らした。


「しかし退屈だよ。こういう本を読むのは」

「もう全部読んだの」

「熟読するタイプのものじゃないからね。こういう本は」

「そりゃあ、時間のないビジネスマンが読むものだからね」

「一概にそうとは言えないぞ。この類の本の根強い読者は主婦層だったりする」

「本なんて極論、暇つぶしでしょ」


 私が言うと、矢島はふふんと吹き出すように笑った。


「なんか、君がそれを言うと面白いな」

「何かおかしいこと言った?」

「いや、何にもおかしいことは言ってない」


 矢島はくくくと笑いながら、購入した本を塔のように積む。

 私はその矢島の所作が面白くて、塔のてっぺんに読んでいた文庫本を乗せた。

 矢島が笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他人の目に映る風景を少しだけ覗けたような、そんな小説、好きなんです。読ませていただきありがとうございました。 塔のてっぺんの文庫本は、私にはどことなく黄金色の爆弾にも思えて、ふふっと笑ってし…
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