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「おい、貴様! 何を撮っている!?」
「素敵な格好だからネットで拡散しようかと思って」
「何ぃ! 馬鹿やめろ!」
サンドロがじたばたと暴れ出すが、レイの足に押さえつけられているので、無様にもがくことしか出来なかった。
「おお、良い表情だねぇ。おっと、せっかくだから自撮りしとこ」
コウはそう言って、サンドロと自分、両方が映るようカメラを動かし撮影する。
「さて、今こうしてお前の無様な姿が撮られたわけだが――」
レイは淡々と言葉を続ける。
「連れて来たのが数人の私兵だった辺り、今回の報復は組織のあずかり知らぬことなんだろう? スペリアスは徹底的な成果主義の組織だ。構成員でもない馬鹿息子の犯罪のもみ消しだけでも相当派手に動いたお前が、さらに私的な報復でも返り討ちにあったと知られたら――はてさて、どうなることやら」
そのレイの言葉に、初めてサンドロの顔に恐怖が浮かんだ。銃を突きつけられても顔色一つ変えなかった男が青ざめているのだ。ただ殺されるだけでは済まないのだろう。
「……き、貴様ら何が目的だ? 金か!?」
「ああ、その通り」
レイは大きく頷いた。サンドロはかぶりを振りながら、言葉を続ける。
「組織の金を狙っているのか? いくら脅されたところで、金庫を開けてやるほど俺は甘くないぞ!」
「違う。欲しいのは組織の金じゃない。お前、個人の金だよ、サンドロ」
銃口をより深くサンドロに押し付けながら、レイは言葉を続ける。
「取引だ。お前は金を払う。俺達は今夜の出来事を忘れる。単純だろ?」
「…………」
サンドロは沈黙する。視線が右往左往し思考を巡らせているようだ。やがて静かに息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「貴様達が約束を守るという保証は?」
「無い」
レイはきっぱりと答えた。
「だが、これだけは言える。俺達はプロだ。例え相手が犯罪者だろうと、マフィアだろうと、金で交わした契約は絶対に守り、依頼者の秘密も絶対に漏らさない。絶対にだ」
レイの静かな、力強い言葉。その言葉には有無を言わさぬ迫力があった。
しばらくの間、黙って聞いていたサンドロだったが、やがて観念したように息を吐いた。
「……分かった、俺の負けだ。俺の口座にある金で、今自由に動かせる金は――一千万円程だ」
サンドロの言葉に、コウはヒュ~と口笛を吹く。
「コウ、俺の端末を持ってこい」
レイが顎を動かし、指示を出す。コウは小走りで大型ミニバンに向かうと、車内からノート端末を手に取り、レイの元まで戻った。
「よし、俺の言うとおりに操作しろ」
レイはノート端末を地面に置いて、サンドロを促す。サンドロはそろそろと端末に手を伸ばし、キーボードを操作する。
「よし、口座にアクセスしたな。俺達の口座番号は――」
レイが口座番号を指示する。サンドロは無言のまま、指示通りの口座を振込先に指定した。
「……それで、いくら振り込めばいい?」
サンドロがジロリとレイを睨む。レイはまっすぐにその目を見返し、はっきりと答えた。
「六割だ」
「全部奪っちまえば良かったのに」
コウはそうぼやきつつ、助手席のウインドウのヒビの隙間から、走り去っていく黒いバンを見送っていた。サンドロは無事に入金が完了した後、苦々しい顔でレイをしばらく睨んでいたが、そのまま一言も発さずにバンに乗りこんで、この場から去っていった。
「強欲は身を滅ぼす――だ。この程度なら奴としてもそれほど痛手ではないだろう」
「六百万も奪っといて、無欲なつもりかよ、おっさん」
車のエンジンがかかり、車内が大きく揺れる。
「やっぱ、おっさん悪党だわ」
コウがそう言った瞬間、大きな破裂音が鳴り響き、甲高いブレーキ音と衝突音が木霊した。
「……あ、出口にスパイク仕掛けてたの忘れてた」
「お前も大した悪党だな」
レイの言葉に、コウは鼻を鳴らす。
「おっさんよりは善人のつもりだけど?」
「俺達は正義の味方じゃない。傍から見れば同じ穴の狢さ。俺達ハンターが巷で何と言われているか、分かっているだろ?」
レイの言葉に、コウは肩をすくめながら答えた。
彼らは銃と殺しのライセンスを持った狩人。
彼らは手段を選ばずに犯罪者達を血祭りにあげる。
無法を狩る無法者。そんな彼らのことを、人々はこう呼んでいる。
「Lawless Hunter」