0-7
「今だ!」
レイが叫ぶ。コウは助手席を開け放ち、外の暗闇に向かってケースを放り投げる。そして間髪入れず、その闇の中に身を投じた。闇の中はレイの言っていた通り、草の生い茂った空き地だった。柔らかい土の上をごろごろと転がって衝撃を逃がす。そしてそのまま草むらの中に身を隠した。ちょうどその時、前方を黒いバンが走り抜けていった。
バンが遠く離れていったのを確認して、コウは草むらから這い出た。スパイクストリップのケースを片手にぶら下げ、車が走り去った方向に走り出す。
しばらく走っていると、レイの言っていたレンタル倉庫が見えてきた。背の高さ程の金網に囲まれた敷地内に、大きなコンテナが所狭しと並んでいる。
車でぶち破られたであろう倉庫の入口にスパイクストリップを仕掛けつつ中に入る。すると奥の方からいくつもの銃声が鳴り響いた。
「観念しろやあああ!!」
銃声とセットで男の太い叫び声が響き渡る。コウは銃を抜きながら奥へと走った。そしていくつかのコンテナを曲がった先で男達の姿をとらえた。
コンテナに囲まれた袋小路に大型ミニバンが停められていた。そして二つの黒いバンが出口を塞ぐような形で横向きに止められている。外に降り立ったマフィア達は、バン越しに銃を構え、大型ミニバンに向けて乱射していた。
レイの車はウインドウと車体、その全てが防弾仕様にカスタマイズされているので、機関銃に撃たれたところで貫通されることはない。だが、大口径の途切れることのない弾幕の前に、ウインドウはヒビだらけで、車体も傷まみれとなっていた。
コウは、昨日の朝にレイが長い時間をかけて、あの車を洗車していた光景を思い出していた。そしてなんだか、いたたまれない気持ちになった。
『――えるか――聞こえ――』
コウは胸元に入れたインカムから、微かに声が漏れ聞こえているのに気付いた。慌てて取り出し、耳に取り付ける。
「あぁ、もしもし。今、後ろに着いたぞ」
『狩るぞ』
レイの短い指示は怒気に満ち溢れていた。
「オッケイ。タイミングは?」
『任せる』
コウはコンテナの影から、マフィアの人数を確認する。ひときわでかい大男――サンドロを中心に、左右に四人ずつの黒服が銃を構えていた。
「敵は九人。互いに見て、右から四人ずつ片付けるか」
『サンドロは殺すなよ』
「分かってるって。よし、いくぜ――」
コウは身を乗り出し、マフィア達に銃を向けた。マフィア達はまだコウには気付いていない。コウは慎重に男の頭に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声――それと同時に男が前方に吹っ飛んだ。
間髪入れずに隣の男に狙いを定めて銃を撃つ。その男も同様に前方に倒れこんだ。
「後ろだ!」
マフィア達が一斉に振り向いた。コウはサンドロの右手にいる残り二人のマフィアに、素早く二発ずつ撃ち込む。そして急いでコンテナの影に身を隠した。
銃声が一斉にこちらに向けられた。コンテナと銃弾のぶつかり合う音が鳴り響く。コウは空薬莢を捨て、先程用意したスピードローダーで弾を装填する。
その時、マフィア達の銃声に混じって、ひときわ大きな銃声が何度も鳴り響いた。レイの狙撃銃の音だ。そしてその銃声にかき消されるように、マフィア達の銃声がピタリと止まった。
「な、何が起きた!? どうなっている!?」
一瞬訪れた静寂の中、男の声が響き渡った。コウは顔半分だけ出して、マフィア達を確認する。中央にいる大男――サンドロがうろたえた様に周りを見渡していた。その左右にいたマフィア達は全員地面に倒れこんでいた。一瞬の間に四発撃ち込み、マフィア四人の頭を吹き飛ばしていたようだ。
サンドロはしばらくの間、倒れた部下を見渡していたが、やがてくるりと踵を返し、バンの運転席を開け放った。車に乗って逃げる気だ。
だが運転席に乗り込もうとしたサンドロの体は、突然絞められた運転席のドアと車体の間に挟まれ、大きなうめき声をあげた。いつの間にかバンのそばまで近づいていたレイがドアに蹴りをかましたようだ。
レイはサンドロの襟首をつかんで引きずり出すと、その腹に向かって膝を叩きこんだ。サンドロの体がくの字に折れ曲がる。そしてそのまま前方に放り投げられ、地面をゴロゴロと転がった。うつ伏せの状態でうめくサンドロの首根っこにレイの足が振り下ろされ、その後頭部に銃口が突き付けられた。
「おっさん、やりすぎ」
コウはレイの元に駆け寄る。レイは無言のままサンドロを見下ろしている。
サンドロは首を少し動かし、横目で自身に突き付けられた銃口を確認する。やがて喉の奥から唸るように声を絞り出した。
「……いいぜ、殺してみろ」
その顔は覚悟を決めた顔だった。やはり四大マフィアともなると、いつでも死ぬ覚悟は出来ているようだ。
そのサンドロの言葉に、レイは鼻を鳴らしながら、静かに口を開いた。
「良い心構えだ。だが、こちらとしても四大マフィアと事を構える気は無い」
「ここまでやっておいて、今更無かったことに出来ると思ってんのか? 明日には手前の命は無くなっていると思え」
サンドロはレイを睨みつけながら言った。その視線を受け、レイはニヤリと口元を歪ませる。
「果たして組織の鉄槌が下されるのはどっちの方かな?」
「……何? どういう意味だ?」
「お前を殺すのに弾丸はいらないということだ」
レイが顎を動かしコウに合図する。コウは頷き、ポケットからスマートフォンを取り出すと、這いつくばっているサンドロを撮影し始めた。