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「あぁ、取引はしばらく中止だ。大丈夫だ。九月までにはなんとかする」
耳に取り付けたインカムと会話しながら野田は車を走らせていた。その口調は若干苛立っている。
「問題ないと言っているだろう。奴らは他のシマを荒らしていた。遅かれ早かれ取引は打ち切る予定だった。あぁ、いくつかはうちが受け持つ。ドラッグと売春はいらん。人身売買チームだけ取り込め。うちの売買ルートがそのまま使える。それじゃあ切るぞ。これから会議だ」
それだけ話すと、車載ホルダーに取り付けられたスマートフォンを乱暴に指で叩いた。
野田は片手で頭を抱えながら大きく息を吐いた。
クリス達の手によってビジネスパートナーを殺され、おまけに港まで爆破されたことで、しばらくの間、取引の中止を余儀なくされてしまった。夏場という一番の稼ぎ時を潰され、その損失は計り知れない。
おまけにこれから幹部で集まっての会議だ。身内は一番信用できない。この隙にあわよくば野田のシノギを乗っ取ろうと考えている奴らばかりだ。
野田は車を大きなブレーキ音と共に停車させた。車から降りて乱暴にドアを閉める。見上げた先にあるのは大きなタワーマンションだった。ここが会議の場所だ。
かつては幹部会と言えば高級料亭を貸し切って行われるものだった。だが昨今は血の気の多いマフィアやギャングが大量にはびこり、目立つことをすればすぐに銃を持った殺し屋が押し寄せてきてしまう。それほど大きい組織でもない限り、いかに身をひそめられるかが己の命を救うのだ。
野田はマンションに入るとエレベーターで七階まで移動した。軽く辺りを見渡し、誰も人がいないことを確認すると、目的の部屋のインターフォンを押した。
呼び出しチャイムが鳴る。だが、中からは何も反応が返ってこない。
「…………」
野田はドアノブにそっと触れた。鍵は掛かっていなかった。
ゆっくりとドアを開く。開いてすぐにリビングが見えた。全面窓から差し込む日の光がリビングを明るく照らしている。
野田は体を強張らせた。まず目に飛び込んできたのは、床に倒れ、うつろな目を向けている男の顔だった。床一面に血が広がっており、男が既に事切れているのは明白だ。男の顔には見覚えがあった。これから会う予定の幹部の一人だ。
野田の脳裏に警鐘が鳴り響いた。一刻も早くここから立ち去れと本能が告げている。
野田は急いで踵を返した。ドアがひとりでに閉まり、バタンと音を立てる。
それを合図にするかのように、突然隣の部屋のドアが開いた。野田は思わず足を止めて振り返った。
「すげえな、時間通りだ。その情報屋、今度俺にも紹介してくれよ」
「う~ん、あいつ結構シャイだから広く知られるのを嫌うんだよなぁ。おまけにかなり金取られるぜ? 今回だって八百万も取られたんだからな」
「高すぎるだろ。田舎の土地でもついてくんのか?」
そんな会話をしながら二人の男がドアの奥から姿を現した。
一人は車椅子に乗った大男だった。病院の入院患者が着るようなパジャマを身に着けており、大きくぎらついた眼をせわしなく動かしている。
その車椅子を押しているもう一人は髪をオールバックに纏めた甘いマスクの男だった。黒いスーツを着ており、左腕を三角巾で吊っていた。
二人は野田のことが視界に入っていないのか、呑気に会話を続けている。野田はそんな二人を唖然とした表情で見つめていた。
そしてふと冷静になる。この階層は全て興山組が押さえている。身内以外の人間がこの階にいるはずがないのだ。
野田はとっさに懐に手を差し込む。だがそれより早く黒スーツの男の手が動き、野田の腕がぱっと弾けた。男の手にはサイレンサー付きの自動拳銃が握られていた。
男が再び発砲。弾丸は野田の脚を貫き、野田はその場に倒れこんだ。口から絞り出すような悲鳴がこぼれる。
「おい、あんまり傷付けんなよ。今日のメインディッシュだぞ」
車椅子の男は野田を冷ややかに見下ろしながらそう言った。後ろの男は軽く肩をすくめながら銃をしまった。
「……き、貴様ら、何者だ? どこの、組織の、糞野郎だ? こんなことをして、タダで済むと……」
野田は荒い呼吸を繰り返しながら言った。このありふれた脅し文句が相手に通じるとは思っていない。だが言わずにはいられなかった。
車椅子の男は、そんな野田をまっすぐに見つめる。その瞳に映る自分の顔はひどく怯えていた。
やがて男はゆっくりと口を開き、こう言った。
「よう、お前はファックマンか?」
END
最後まで読んでいただきありがとうございました。
これは第26回電撃大賞にて落選した作品を加筆修正したものです。
元々ハードボイルドなバディものが大好きなのでいずれ自分でもそんな作品を書いてみたいと思い、このように出来上がった次第です。
かなり使い古されたジャンルではありますが、自分の好きなものをこれでもかと詰め込んで一つの作品に仕上げることが出来たので非常に満足です。
この作品はフィクションです。ですが作品内で取り上げられている問題は現実に存在しています。
自分だったらどう考え、どう立ち回るか。
この物語を読んで、ほんの少しでもそんな思いが残ってくだされば幸いです。




