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「全く何考えてんだよ、おっさん!」
大きなエンジン音を響かせて走る車内の中で、コウは大声で叫んだ。クラブで電話を受けた彼らはフレディを運んだ後、全速力で車を走らせていた。
「ナビ」
レイが小声で呟く。コウは自分の膝に置いてあるノート端末に目を落とす。
「二つ先の信号を右!」
コウが苛立たしげに叫ぶ。ノート端末には周囲の地図が表示されており、その中で丸いアイコンがチカチカと点滅していた。
「奴にスマホのGPSについての知識がなくて助かったよ」
レイはそう言って車を更に加速させた。この端末の地図にはエミカのスマートフォンの位置情報が送られていた。
「安心しろ。クリスは女を殺しはしない」
信号が見えてきた。レイはタイヤから激しい音を鳴らしながら右折する。
「奴らの行動は正当性を主張するテロリズムだ。目的は搾取してきた奴らへの復讐。何の関わりもないカタギの女を殺してしまってはその正当性も薄れてしまう」
「確証はあるのかよ。追い詰められた奴は何するか分かんねえぞ! 次の信号を左!」
「まだ俺達への人質としての使い道も残っている。それに追い詰める前に救出するつもりだ」
車は再び激しい音を立てながら左折する。
「……しかし殺されてきた連中、ある意味自業自得じゃねえか」
コウがポツリと呟く。レイの視線がコウに向けられる。
「依頼人の救助に気が乗らないか?」
レイの言葉にコウは唸る。レイは小さく息を吐くと言葉を続ける。
「気持ちは分かるが、変な同情はやめておけ。既に奴らの行動は大規模なテロに発展している。これで終わりじゃない。やがて奴らの牙は周囲へと無差別に向けられるだろう。奴らはもう賞金首――狩りの対象でしかないんだ。ここで見逃してやったところで奴らは救われない。そして俺達に残るのは依頼人を見殺しにしたという事実だけだ」
「なんだよ、おっさんも結局自分の都合でしかないのかよ」
「システムに仇なす者は、システムによって排除される。それが嫌ならシステムに組み込まれるしかない。単純な話だ。このシステムとは善悪の話ではない。管理する者にとって都合が良いか悪いかというだけの話だ。お前ならよく分かっているだろう?」
「……それ嫌みで言ってんのかよ」
コウは不満そうな顔で大きく息を吐いた。レイは鼻を鳴らして言葉を続ける。
「どうする? 車から降りるか?」
「ざけんな。俺は仕事に私情を挟むほど馬鹿じゃねえよ。何年おっさんの相棒やってると思ってんだ」
コウの言葉にレイは再び鼻を鳴らす。
「おせっかい焼きがよく言ったものだ」
「うっせえ、ワーカージャンキー」
「よし、狩るぞ」
「おうよ」
二人は互いに小さく頷いた。車のスピードはさらに上がる。
それからしばらく走っていると、空に向かって立ち昇る黒煙が見えてきた。
「どうやらもう始まっているようだな」
レイがそう呟きながら、路肩に車を止める。微かに銃声や悲鳴が聞こえてくる。
「クリスとエミカもあそこにいるのか?」
レイはコウの膝元の端末の画面を覗き込む。
「もう少し先、川を挟んだ反対側だな。あそこでドンパチしているのは別の奴のようだ」
「ただの港で、何で撃ち合いが起きてんだ」
「この辺一帯は興山組の所有物だ。その組員が応戦しているんだろう。おそらくあそこに依頼人である野田もいるはずだ。保護を任せた。クリスの元には俺が行く」
「はあ? 何でおっさんが」
「お前だとクリスを殺しかねん。奴は一応野田に引き渡す対象だ。俺が生け捕りにする」
コウは小さく唸り、渋々といった様子で車を降りた。レイが放り投げたインカムを受け取り、耳に取り付ける。
走り去る車を見送り、コウは黒煙の元に向かって走り出す。
多くのコンテナが立ち並ぶ港では、そこかしこから悲鳴や銃声が響いていた。コウは傍らに転がっていた死体に駆け寄り、銃創などを軽く調べる。
「五・五六のアサルトカービンだな。セミオート運用で胸に二発。素人じゃないな」
コウは死体の傍らに落ちているサブマシンガンに視線を送る。
「なあ、おっさん。ちょっと手持ちの武器じゃ火力が怪しい。他の武器使っていいか?」
コウはインカムに話しかける。
『分かった。指紋を残すなよ』
コウは軽く返事を返しながら、ポケットから薄手の手袋を取り出し、装着する。マシンガンを手に取り、死体が持っていた予備のマガジンを抜き取って、ポケットに押し込んだ。
コウはマシンガンを構え、コンテナからコンテナへ足早に移動していく。この場においてはコウ自身も侵入者だ。興山組の警備と出会ってしまえば撃ち合いになるだろう。
『コウ聞こえるか』
インカムからレイの声が発せられる。
『銃を持った集団が八番倉庫に移動しているのが見えた。おそらくあそこに野田はいる』
「おっさん今どこ?」
『橋を渡って川を越えたところだ』
コウはそれらしき場所に首を動かす。
「そっちから見えているってことは」
『あぁ、クリスも気付いている。クリスの兵もそこに向かうはずだ』
「オーケー」
コウは大きく息を吐き、倉庫に向かって走り出した。近づくにつれて、人の叫び声や銃声が大きくなってきている。




