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Lawless Hunter  作者: 佐久謙一
第五章 美しい花の影の下に
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5-3



 バンの荷台に座り、車内の揺れを全身に感じながら、クリスは窓の外を眺めていた。下に粗末な毛布を敷いただけの荷台はとても居心地がいいとは言えず、時折不愉快そうに体の位置を変える。

「あとどれくらいで着く?」

「もうすぐだ」

 クリスの問いに運転席からホセが答える。クリスはバックミラーに映るホセに視線を向ける。

「エミリアからの連絡は?」

「無い。だが心配するな。あいつなら無事にやり遂げるさ」

 ホセがはっきりとした口調で言った。クリスはそれに答えるように静かに頷いた。

「どこに向かっているの?」

 クリスの向かいから声がかけられる。そこにはエミカの姿があった。既に拘束からは解放されており、傍らには丸められたガムテープの束が転がっている。

「いずれ分かるよ。今は大人しくしていてほしい」

 クリスは淡々と告げる。そんな彼を心配そうに覗き込みながらエミカが言った。

「大丈夫?」

 クリスはエミカを見返す。

「……いきなりなんだい?」

「何だかすごく辛そうな顔をしているから」

 その言葉にクリスは呆れたように首を振る。

「……自分を誘拐した相手をよく心配できるね」

「だって、あなた悪い人には見えないんだもん」

 エミカはあっけらかんとした声で言った。

「すぐ拘束も解いてくれたし――それにマリアの友達だし。悪い人ならマリアがあんなに楽しそうにあなたの話するはずないもの」

「…………」

 クリスは無言でエミカを見つめる。やがてポツリと言った。

「マリアのことは……本当に残念だったよ」

 クリスの言葉に、エミカも暗い表情でうつむいた。

「こうなる前に彼女を助け出したかった」

 険しい表情でクリスが言った。エミカは顔を上げ、クリスを見つめる。

「マリアがドラッグをやってたこと知ってたの? どうしてマリアはドラッグなんかに……?」

「……それは――」

 クリスが言いかけた時、エミカのスマートフォンが着信を告げた。画面を見るとコウからだった。

「コウ!」

 エミカは驚いた様子で声を上げる。そして電話に出ようと画面に指を伸ばすが、その手をクリスが止める。

「……僕が出てもいいかな?」

 クリスは先程とは打って変わって感情を押し殺したような声で言った。その有無を言わせぬ威圧感にエミカは戸惑った様子で頷きながらスマートフォンを手渡した。受け取った後、クリスはしばしの間、画面を眺め続ける。そして応答ボタンを押し、ゆっくりと耳元まで持っていった。

「初めまして、ハンターさん。僕は――」

『手前、エミカはどこだ!! こんなことしてただで済むと思ってんじゃねえだろうな!!』

 クリスが話し始めた瞬間、受話口からコウの怒声が大音量で飛んできた。クリスは思わずスマートフォンを耳から遠ざける。

「あ、あのですね。ちょっと話したいことが――」

 クリスはしどろもどろになりながら話す。しかしコウの怒声は止まることなく、まるでスピーカー通話のように車内に響き渡った。顔をしかめるクリスに、エミカが苦笑いを向ける。

 クリスはしばらくの間、コウが落ち着くのを待った。やがてコウの怒声が収まり、受話口から別の男の声が流れてきた。

「もしもし?」

 クリスは恐る恐る話しかける。

『電話を変わった。柏木だ』

 相手はレイだった。レイの落ち着き払った態度に、クリスはほっと息をなでおろす。

「良かった。話の通じそうな人がいてくれて」

『クリスか?』

 レイの単刀直入な質問に、クリスは驚いた様子で口を開く。

「どうして僕がクリスだと?」

『真愛会周辺の犠牲者の共通点。そしてクラブにいた女の反応からの憶測だ』

「エミリアをどうした?」

 クリスは低い声で尋ねる。少しの間の後、レイが静かに答えた。

『死んだよ。俺が殺した』

「……そう、か」

 クリスは沈鬱な表情で大きく息を吐いた。

「エミリアは苦しまずに逝けました?」

『あぁ。頭を一発。即死だ。自爆に巻き込まれそうになったのでやむを得ずな』

 クリスは拳を握り締めながら再び息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

『こちらから質問してもいいか?』

 レイの問いに、クリスは小さく、どうぞと答えた。

『まず一つ。その女のことはどこで知った?』

「元々あなた達のことは警戒していました。僕を捜索する依頼を受けたという話を聞いて、あなた達の行動を見張らせていたんです。そしてプッシャー通りでの騒ぎで、一般女性を連れて歩いているという情報を得て、いずれ人質に使えると考えたのです」

『……まさか捜索対象から監視されていたとはな。見事にしてやられたよ』

「あの辺一帯の裏稼業の人間とは、ほとんど知り合いなんですよ。僕も裏世界は長いもので」

『二つ目の質問だ。さらった目的は?』

「メッセージの通りです。あなた達に計画の邪魔をしてほしくない。明日の朝まで大人しくしていてほしいんです。そうすれば彼女は無事に家に帰しますよ」

『悪いがそうはいかない。お前の獲物は真愛会の支援者、野田秀夫だろう? 興山組の幹部にして詐欺や密輸に関わっている』

 レイの言葉にクリスは一瞬言葉を失った。

「……もうそこまで調べ上げていたんですか?」

『あぁ。そしてそいつは俺達の依頼人だ。むざむざと殺させるわけにはいかん』

「調べ上げたのなら……そいつらがどういう人間か分かっているはずだ」

 クリスの声は怒りに震えていた。

「奴らの金稼ぎのために、僕達がどれほどの苦しみを味わってきたか、あなたに想像できますか? 言葉も分からない国で捨てられ、社会からも排除され――僕らはどこの国の人間でもない――誰からも必要とされていない存在なんだ。そして奴らは、僕らが身寄りのない人間なのをいいことに、ありとあらゆる犯罪行為に利用してきた。ドラッグ、偽造品の製造、人身売買。そして殺人。奴らは悪魔だ。奴らを皆殺しにしない限り、僕達に自由は訪れない」

『皆殺しにして、それで状況が変わるとでも?』

「行動を起こさなければ状況は何も変わらない。奴らから教わった殺人技術。奴ら自身に味わわせてやる。もし邪魔をするというのなら――彼女を殺します」

 クリスの視線がエミカに向けられる。エミカは驚いた表情でクリスを見つめる。

『その女が俺達への人質に使えるとでも? その女はただの依頼人だ。そして依頼はもう果たされた。お前達の手によってな』

「僕達が?」

『その女の依頼は友人の捜索。そして友人を薬漬けにした奴らへの報復だ』

 レイの言葉に、クリスは戸惑った表情で視線をさまよわせた。

『その対象はお前達が爆弾で吹き飛ばした。依頼は果たされ、その女はもう赤の他人だ』

「まさか――」

 クリスは首を振る。

「僕には殺せないと思っているんですか? こっちは仲間を殺されているんだ。もう後戻りは出来ない。どんな汚い手を使ってでも奴を殺してみせる!」

『クリス』

 レイが静かに言い放つ。

『今からお前の元に行く。目的を遂行したいのなら――俺達を殺してみろ』

 そして電話は切られた。

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