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「それって何を作ってるの?」
机に向かって作業に没頭しているところに突然声をかけられ、少年はビクンと肩を震わせた。落としかけたアイルーペを慌てて手に取る。
「あっ、ごめん。驚かせちゃった?」
少年が顔を上げると一人の少女が申し訳なさそうな顔を向けていた。ウェーブのかかった髪から覗く青い瞳が彼をまっすぐに見つめている。その吸い込まれそうな綺麗な瞳に、彼は一瞬見惚れてしまう。
「あなたは……新しく入った子?」
少年はそう尋ねながら、少女をまじまじと見る。服はどこかの高校の制服を着ており、学生鞄を肩に引っ掛けている。
少女は首を横に振りながら、答える。
「学校サボって街うろついてたらさ。スカウトマンが声かけてきて、行く当てが無いならここに行けって言われたんだ。制服着てこの辺うろつくのは危ないからって」
その言葉に少年はゆっくり頷く。
「うん、正解だよ。この辺はあんまり治安良くないからね」
「半分騙されてると思ってた」
「この辺のスカウトの人達は、見た目は怖いけど親切だよ。未成年の子なんかが事件に巻き込まれないように見張ってくれてるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
少女は周囲に視線を向けながら口を開く。
「真愛会なんて胡散臭い名前だなって思ってたけど、子供も多くてびっくりしたよ」
「ここは居場所の無い人間の拠り所だからね。僕らにとっての唯一の故郷なんだ」
「だからなのかな。すごく居心地が良くて、初めて来たような気がしなかったよ」
少女は伏し目がちに机を見つめながらそう言った。
「……名前を聞いてもいい?」
少年が尋ねる。少女は少年を見つめながら静かに口を開く。
「私はマリア。キミは?」
「僕はクリストフ。皆からはクリスって呼ばれてる」
マリアは、よろしくと小声で言って小さく微笑んだ。それに釣られてクリスもはにかむように笑う。
「それで何を作ってたの?」
マリアがクリスの手元を覗き込みながら尋ねる。
「あぁ、これ? 時計を組み立てているんだ」
そう言ってクリスは手元にある時計組み立て用の機械台を見せる。小さな台の上には数えきれないほどの細かな部品が積み上げられていた。
「これはロレックスだね。近所の人に分解掃除を頼まれたんだ」
「へぇ~、時計の中ってこうなってるんだ。ていうか組み立て出来るってすごいね」
マリアは興味深そうに目を輝かせる。
「今はデジタルやクォーツが主流だからこういう時計は珍しいんだけどね。手入れが大変だし、値段も高い。それでも機械式を愛する人は少なくないんだ。僕もその一人だよ」
クリスは自分の腕に巻かれた腕時計を外し、マリアに手渡す。
「これ、僕が作った時計なんだ。良かったら音を聞いてみて」
「音?」
クリスが頷く。マリアは言われた通り、時計を耳元に持っていく。
そこから聞こえてくるのはいくつものゼンマイや歯車の駆動音。それらがたえず動いている様がカチカチと耳に響いてくる。
「……すごい、まるで生き物の心臓みたい」
マリアは時計から流れてくる音色に身を任せて、そっと目を閉じた。
「機械式の時計はね。すごくデリケートで雑に扱うとすぐに壊れてしまうんだ」
そんなマリアを見つめながら、クリスはゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「部品一つ一つ全てに意味がある。部品が一つでも欠けると止まってしまう。僕のような居場所の無い人間にも、世界に必要な部品。生きている意味がある。時計の音色を聞くと強くそう思えるんだ」
マリアがそっと目を開ける。その愁いを帯びた瞳に、クリスは自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。
「よ、良かったら、その時計あげるよ」
クリスは目線を手元に逸らしつつそう言った。
「いいの? 貰っても」
「うん。その時計気に入ってくれたみたいだし、それに、その――」
クリスは一瞬言い淀む。そしてマリアを上目遣いで見上げながら言葉を続ける。
「マリアさん、何だか悲しそうにしてたから、その時計の音が気晴らしになってくれたらいいなって思って」
クリスの言葉に、マリアは驚いたように目を開く。手元の時計、そしてクリスへと視線を動かし、やがて口元に微笑みを浮かべながら、時計を腕につける。
「マリアでいいよ」
「えっ」
クリスは思わず聞き返す。マリアは自分の手首にピッタリ収まった時計に満足そうに笑う。
「キミ、私とそんなに年変わらないでしょ? さん付けとかしないでよ。私もクリスって呼ぶからさ。いいよね?」
「う、うん、もちろんだよ。マリア」
クリスの言葉に、マリアは満面の笑みを浮かべる。
「この時計、大事にするね。またここに遊びに来てもいい?」
その言葉に、クリスは一瞬返事に躊躇する。そんなクリスをマリアは不思議そうに見つめる。
「ダメなの?」
「いや、そんなことないよ!」
クリスは慌てた様子で言う。
「でもこの辺、あまり治安良くないから通うのは危ないからさ」
「そっか。そうだよね。ごめんね、無理言って」
マリアは残念そうに視線を落とす。
「だ、だから、良かったら――」
クリスはすっと立ち上がり、マリアの眼をまっすぐに見つめながら言葉を続ける。
「僕の方から会いに行ってもいいかな?」
クリスの言葉に、マリアの顔に再び笑みが浮かぶ。マリアは自分の家の住所を告げ、クリスはそれをメモする。
「次は、いつ会えるかな?」
マリアが尋ねる。クリスは落ち着きのない様子で視線をさまよわせる。
「えぇっと、今日の夕方とかどうかな? あ、無理なら明日でもいいけど」
「今すぐじゃダメ?」
「僕は時計を組み立てる作業あるし……それにマリアも学校行かないと!」
クリスはマリアを見つめる。
「学校終わったら必ず会いに行くから」
その言葉にマリアはゆっくりと頷いた。
「うん、待ってる」
マリアはそう言って、クリスに顔を近付け、その頬にキスをした。
クリスの顔が一瞬で真っ赤に染まる。その反応にマリアはいたずらっぽく笑う。
「それじゃあ私、学校行ってくる。またね」
マリアは軽く手を振りながら部屋から出ていく。クリスも手を振りながらその背中を見送った。
自分の顔が熱を帯びているのがはっきりと分かった。クリスは気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸すると、ピンセットを拾い、組み立て中の時計に向き直る。
「……集中しないと」
クリスは時計の部品を見つめ、再び深呼吸。雑念を振り払い、再び作業に没頭していった。




