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Lawless Hunter  作者: 佐久謙一
第零章 D・P・ダブルダウン
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0-4



 警察署に隣接したエリア。そこに目的の大きな白い建物があった。その建物周辺は大きな駐車場に囲まれており、さらに警備杖を構えた警察官が何人も立っていて、とても物々しい雰囲気を醸し出している。ここは賞金首の引き渡し場所である。

「おいおい、姉ちゃん。六割引きって何だよ。いつから大特価セール始めたんだ?」

 賞金首引き渡し場所の受付。担架で運ばれていくダニエルを尻目に、コウは受付嬢に向かって声を上げた。

「ご説明します」

 受付の女性は無表情な顔をコウに向けたまま、淡々と説明を始める。

「まず、ガードレール、標識等、複数の交通安全施設の破損がございます」

「その辺、カジノの奴らに請求しろよ」

「続いて、あなた達の逃走によって、乗用車同士の追突が引き起こされました。計五台、男女七名が軽傷を負いました」

 女性はそう告げながら、一枚の写真を取り出し、カウンターに置いた。赤信号を全速力で突っ切る大型ミニバンと、それに乗車している二人組の顔がばっちりと写っていた。

「……あぁ、多分これ変装してる偽物だわ。ほら、俺もっとイケメンだし、隣のおっさんはもうちょっと髪薄いし」

「以上を持ちまして、各損害を差し引かせていただいた額がこちらになります。確認しましたらこちらの書類にサインをお願いします」

 カウンターの上に書類が出される。そこには賠償金額等がずらずらと書かれており、そして実際の振込金額は当初の額よりきっちり六割引かれていた。

「なあ、姉ちゃん。そんな融通の利かない、お役所仕事ばっかりやってると男出来ねえぞ」

 女性はすっと左手を持ち上げ、手の甲をこちらに向ける。その左手薬指には、銀色に輝く指輪が収められていた。

「…………」

「サインを」

 女性は手をカウンター内に戻しながら催促する。コウは書類を取ると、乱暴にサインし、女性に叩きつけるようにして投げ返す。

「またのご利用をお待ちしております。次の方どうぞー」

 妙な敗北感を抱えたコウは女性に中指を立てながら、カウンターから離れた。

 待合室の方まで戻り、相棒の姿を探す。すぐに見つかった。ぴっちりとしたタートルネックとコットンパンツ。どちらも真っ黒という服装なので、建物の中では非常に目立つ。短く刈った髪と、スマートかつ筋肉質でがっちりとした体、そして鷹のような鋭い目つきはどう見ても殺し屋にしか見えない。壁に背中を預けた状態で、職員らしき女性と何やら話し込んでいる。

「ねぇ、レイ。もし予定が空いてたらぁ、今度二人で食事に行かない?」

 レイ、と言うのは、相棒の名だ。本名は柏木礼司かしわぎれいじというのだが、彼を呼ぶ者はほとんどが『レイ』と呼んでいる。

「最近良いところ見つけたんだぁ。ちょっと山の奥の方にあるんだけどぉ。すごく静かでぇ、夜空がとっても綺麗なの」

 見た目、三十手前に見えるその女性職員は、パーマのかかった髪の先を指にクルクルと巻き付けながら、まるで十代の少女のような甘ったるい声で、相棒――レイに猛アタックしていた。

「悪いが、ハンター稼業は年中忙しい。悠長に遊んでいる暇は無いんだ」

 レイは淡々とした様子で答えた。それでも女性は引き下がらず、しつこく食い下がっている。

「一日も休みが無い訳ないじゃん。一日だけでいいからさぁ」

 レイは困ったように息を吐いた。そんなレイをコウはため息を吐きながら見つめる。

「人が必死に交渉してる時に何やってんだよ、あのムッツリスケベ」

 そう呟きながら様子を眺めていると、レイと目が合った。

「どうやら相棒が戻ってきたようだ。それじゃあな」

 これ幸いと、レイは女性に別れを告げてコウの元へ歩き始めた。女性は切ない表情を浮かべながら、レイの背中を見送っている。その女性の様子に、今が狙い目かと直感したコウは、にこやかな笑顔を浮かべて声をかけた。

「やあ、姉さん。代わりに俺なんかどう? 俺、今年二十五歳だけど、姉さんと年近いから話合うんじゃないかなぁって――」

 途端に、女性はまるでゴミを見るような目つきでコウを睨んできた。そして無言のまま奥の方へと去っていった。

「…………」

「いい年の女に、いきなり年齢を絡めた話をしないことだな」

 無言で立ち尽くすコウの背後から呆れたようなレイの声。

「……さっきの女といい、ここの職員の教育はどうなってんだ」

「荒くれ者の相手ばかりしていればストレスも溜まるさ」

 レイはそう言いながら、コウの手元から明細書を取る。事細かく書かれた数字の羅列を目で追い、やがて大きくため息を吐いた。

「六割か。思ったより引かれたな」

 レイは明細書をポケットに収めながら、出口に向かって歩き出した。その後ろをコウもついていく。

「引かれた分はお前の取り分から引いておくからな」

 建物の入口を通り過ぎ、駐車場に停めてある大型ミニバンの元へ向かう。

「ちょっと待てよ、おっさん。それマイナスじゃねえかよ」

 早歩きでレイの隣まで並んだコウは、声を荒げて言った。

「命がけで頑張ったのに、そりゃねえだろ? 俺、暗黒面に落ちちゃうよ?」

「これ以上、どうひねくれるつもりだ。マフィアかテロリストにでも転職するか?」

「いいなそれ。ビルを爆破して爆炎でピースマークを作ってやる!」

「その場の思いつきで行動する奴に、丁寧な爆弾設置が出来るものか――俺が運転しよう」

 車のそばまで近づいたところで足を止めてレイが言った。コウはポケットから車の鍵を取り出し、レイに手渡す。

「女みたいにねちっこいな、おっさん。前に連続通り魔を捕まえた時、しくじって犯人じゃなくて俺の足に麻酔弾ぶち込みやがったけど、俺はグチグチ言ってないだろ?」

「あれはお前が狙撃の邪魔をするからだ。伏せろと言ったのに犯人に飛び掛かりやがって」

 コウとレイは車に乗り込む。鍵を回すと、車体を震わす重厚なエンジン音が車内に鳴り響いた。車を発進させ、駐車場から出る。

「何でこんなおっさんに女が寄ってくるのか謎だぜ。さっきの女とも後でしっぽり決め込むつもりなんだろ?」

「俺は遊びで女を抱いたことは一度も無い。それにさっき話していた女とも、ただのギブアンドテイクな関係だ」

 レイはそう言うなり、ポケットから折りたたまれた紙の束を取り出して、コウに渡した。

「何だこれ。犯罪者リスト?」

「まだ、賞金はかかっていない。これからかかる予定だがな」

 レイから渡された紙には、顔写真とその写真の人物の名前、そして罪状等が事細かく印刷された紙だった。

「これスポンサー向けの情報だよな」

「あぁ。あの女、借金があってな。その借金の肩代わりと、ちょっとしたバイト代。この二つで簡単に了承してくれたよ」

 今、コウが見ているのは犯罪者の首にかかる賞金の出資元となる、スポンサー企業へ向けた情報の一部だった。この犯罪者の情報が各企業へ送られ、その出資金によって犯罪者の懸賞金が決められている。犯人逮捕の暁には出資者となった企業が紹介され、また額に応じて税金の減免等の優遇措置もあるので、大手企業はこぞって犯罪者の首に賞金を懸けている。今や、広告はメディアではなく、犯罪者の首に掲載するものなのだ。

 そして、この賞金首予定者リスト。これを使えば、賞金がかかった瞬間、他の賞金稼ぎに知られる前に捕えることが可能という訳だ。

「やっぱ、おっさん悪党だわ」

 リストをレイに返しながら、コウは呟いた。

「罪状から見て、数百万はいく奴ばかりだろう。稼ぎ時だ」

 リストをポケットに戻しながらレイは言った。コウはうんざりした顔をレイに向ける。

「休みは?」

「しばらくはないな」

「有給、振休」

「ねえよ」

「ねぇ、レイぃ。一日も休みが無い訳ないじゃん。一日だけでいいからさぁ」

「黙れ」

 レイはきっぱりと答えた。

「勘弁してくれよ……」

「時は金なり、だろ?」

 レイの言葉にコウは眉間に皺をよせ、流れていく夜景をぼんやりと眺めながら、大きくため息を吐いた。

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