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「顔を見せろ」
レイは銃を向けたまま言う。目の前の人物は言われるままフードを脱いだ。長めのブロンドヘアーが音もなく降り、その人物は軽く首だけ動かして髪を纏めた。
コウは驚いた様子で相手を見つめる。その人物は美しい顔立ちの少女だったからだ。褐色気味の肌で彫りが深く、おそらく南ヨーロッパ系の血を引いていると見て取れた。
「名前は?」
「……エミリア」
レイの問いに、少女――エミリアは静かに答えた。レイは銃口を向けたまま、胸元から写真を取り出す。パーカーの人物が映し出されている写真だ。
「これはお前か? 今世間を騒がせている爆弾事件の犯人の写真だ」
「そう。それも私がやった」
「竹本殺害もお前か?」
「えぇ、それも全部私がやったわ」
レイはまた別の写真を取り出す。クリスが映っている写真だ。
「クリスという男を知っているか?」
エミリアの視線が一瞬泳ぐ。
「知らないわ。見たこともない」
レイの眼がすっと細められる。
「竹本の殺害にはどんな凶器を使った? 爆弾の入手先は? 種類は?」
レイはまくしたてるように質問を繰り返す。
「答えられないか?」
「…………」
エミリアは沈黙したまま答えなかった。
「まあいい。誰をかばっているのか知らんが、お前の身元を調べれば横の繋がりもすぐに分かる。コウ――」
レイがコウに視線を送る。
「机にある端末を操作しろ。おそらくそれでロックが解除される」
「分かった。この子はどうするんだ?」
「連れていく。情報を引き出せずとも殺人の現行犯だ。金にはなる」
「なんか変な気分になるから、その言い回しやめろって」
コウは机に近付き、ノートパソコンを開く。ふと足元を見ると、ドローンのコントローラが二つ転がっているのが見えた。
「一人で二つ操縦なんて器用なもんだな」
コウはそう呟きながら、パソコンの画面を見る。レイの言った通り、扉を操作するためのソフトが立ち上がっており、画面中央にでかでかと『ロック中』と表示されていた。
「これ押せばいいのか? あれ、何かエラーが出た」
「何やってんだお前は……」
レイが呆れた様子でコウの方を見る。その瞬間、エミリアの右手がすっと腰の後ろへと伸びる。
銃声。
「がっ!!」
エミリアはくぐもった悲鳴を上げながら肩を押さえる。レイは一歩踏み出すと、エミリアの肩を銃創ごと鷲掴みにし、無理矢理後ろを向かせる。エミリアは悲痛な悲鳴を上げながら、そのまま壁に押し付けられる。
「女子供なら撃ってこないと高をくくったか?」
銃をエミリアの後頭部に突きつけながら、レイは吐き捨てるように言った。そしてエミリアのズボンの後ろに挟み込まれていた銃を取り上げ、後ろに放り投げた。続いてレイはエミリアの身体検査を素早く行う。
そしてレイの手が胸元に伸びた時、エミリアの手が咄嗟にレイの手を押さえた。レイは突きつけている銃の撃鉄を起こし、低い声で言う。
「手をどけろ。次に妙な真似をしたら頭を撃つ」
エミリアは荒い息を繰り返しながら小さく唸った。
「……あのさぁ、おっさん。傍から見てるとセクハラ働いてるようにしか見えないんだけど」
パソコンを必死に操作しながらコウが言った。
「お前はさっさとロックを解除しろ」
「画面の反応が悪いんだよ。これ低スぺのパソコンに無理矢理ソフト入れてるな」
「無闇に何度も操作するな。さぁ、さっさと手を壁につけ」
レイがエミリアの後頭部を銃で小突く。
「……わ、分かったから。乱暴にしないで」
エミリアはそっと手を放す。そしてそのまま自分の胸元まで素早く手を持っていくと、服の中に指を差し入れた。
怪しい動きに、レイはエミリアの肩を掴み振り向かせる。エミリアは不敵な笑みを浮かべながらレイをまっすぐに見据え、そして指を勢いよく引き抜いた。
エミリアの胸元から何かが外れるような金属音が鳴る。その手に手榴弾の安全ピンが握られているのを認識し、レイの顔が強張る。
「Morire per la liberta!」
エミリアが叫びながらレイの服を掴む。レイは険しい表情でエミリアの頭を即座に撃ち抜き、その腹を蹴り飛ばした。
「コウ、伏せろ!」
レイは机に向かって走り、机を乗り越えつつコウの襟首をつかんで伏せさせる。それと同時に耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
打ち付けた後頭部の痛みと耳鳴りにコウは顔を歪ませる。隣で伏せていたレイは上体を起こし、机の向こうの様子を伺う。コウも首だけ持ち上げるが、天井にまで飛び散った肉片が視界に入り、さらに机の奥まで確認する気にはなれなかった。
「手榴弾を胸元に仕込んでいたようだな。無理矢理にでも手足を拘束しておくべきだった」
レイは小さく首を振りながら言った。
その時、間の抜けたビープ音と共にパソコンの画面に表示されている文字が『ロック解除』に切り替わった。レイは大きくため息を吐きながらパソコンを閉じる。
「……解除されたようだ。行くぞ、コウ」
そういうレイの声はどこか疲れた様子だった。
部屋から出た二人は、フレディとジェイクの元へ向かった。二人は床に大の字で寝転がり、天井をぼーっと眺めていた。フレディのほうは特に顔色が悪い。
「おい、まだ生きてるか? 終わったぞ」
レイが声をかける。ジェイクが顔をしかめながらゆっくりと上体を起こした。
「なんかすげえ爆発音が聞こえたが大丈夫だったのか?」
「あぁ、犯人が自爆した。もっと慎重に行動するべきだった」
レイはため息を吐きながらフレディの顔を覗き込む。そして首元に手を当てて脈を測る。
「脈が弱まっているな。意識はあるか?」
フレディは浅い呼吸を繰り返しながらレイを睨む。
「あぁ、あるぞ。こんなところで死んでたまるか。俺は生きてレイチェルに会いに行くんだ」
「だからあのアバズレはやめとけって」
「おい、ジェイク。いくらお前でもレイチェルの悪口は許さねえぞ。次に何か言ったら、俺のレイチェルへの熱い想いを手前にぶっかけてやる」
「まだまだ元気そうだな」
二人のやり取りに、レイは呆れたように息を吐く。
「だが急いだほうがいいな。ジェイク、お前の車は上の駐車場か?」
ジェイクは頷く。レイも小さく頷くと、コウの方に振り替える。
「コウ、その椅子を持ってこい。フレディを座らせて担架代わりにする。急いで運ぶぞ」
コウは言われた通り、通路の隅に置いてあった椅子を持ち上げる。
その時、コウのスマートフォンがメッセージの通知音を告げる。椅子をフレディの近くに置きながら、スマートフォンを取り出してチェックする。
「お、エミカからメッセだ」
「確認は後にしろ」
レイがフレディを椅子に乗せながら言う。だが、コウはスマートフォンを眺めたまま微動だにしない。
「コウ」
「おっさん」
コウがレイの顔を見る。その顔は青ざめていた。
コウのただならぬ様子に、レイはすっと目を細める。
「何があった?」
レイの問いに、コウは無言でスマートフォンを渡す。画面にはメッセージアプリのトークルームが表示されていた。相手はエミカだ。
そしてそこには短いメッセージと共に添付された写真が送られていた。
『俺達を追うな』
その写真にはガムテープで縛り上げられ、車内に転がされているエミカの姿が映し出されていた。




