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それは大きなドローンだった。四つのローターが取り付けられた、いわゆるクアッドコプターで、その幅は一メートルはあろうかというほど巨大だった。そして何よりも目を引いたのがドローンの下部に取り付けられた巨大な銃だ。
「身を隠せ!!」
レイが叫ぶ。その言葉に呼応するように四人は一斉に地面を蹴り、ボックス席になだれ込む。それと同時にすさまじい銃声が店内に鳴り響いた。彼らが先程までいた場所に次々と銃弾が叩き込まれ、大理石の床が砕け散っていく。
やがて銃撃が止み、ドローンのプロペラ音が遠ざかっていくのを感じると、コウは恐る恐るボックス席から顔を出した。他の三人もカーテンの隙間から顔を出しつつ、辺りの様子を伺っている。
「……何だったんだ、今の」
コウは思わずそう言った。隣のレイが大きく息を吐きながら、ボックス席から離れる。
「……あのモデルは民間用のドローンだな。原型も留めてないほどカスタマイズされているが――おい、そこの白と黒。状況を説明しろ」
レイはそう言って、スーツの男らに顔を向ける。突然白黒呼ばわりされ、フレディは顔を真っ赤にしてレイを睨みつける。
「手前、人を色で呼ぶんじゃねえよ!」
「ただのスーツの色だ。無駄に声を張り上げるな」
レイは再びため息を吐きつつ、言葉を続ける。
「フレディとジェイクと言ったな。さっきリモコンについて話していたが、あのドローンを操っている奴がこの惨劇を引き起こした奴なんだな」
「知るか! 誰が手前なんかに話すか!」
「まぁ、落ち着けよ、フレディ」
なおも鼻息を荒くするフレディを抑えつつ、ジェイクが言った。
「まあ軽く自己紹介といこうぜ。俺がジェイクでこっちはフレディ。所属はドールギャング。飲食店や風俗店と色々やってる。そっちは何て呼べばいい?」
「レイ。こっちはコウ。ハンターだ」
「オッケイ。それであんたらの目的は? 俺達を捕まえに来たわけじゃないだろ?」
「あぁ。この店にいる村山という男に用があった」
「奇遇だな。俺達もムラヤマに用があったんだ」
ジェイクはこれまでの経緯を簡単に説明した。村山が彼らのシマを荒らしていること。下っ端を締め上げて、この場所を割り出したこと。ボスの娘の件については黙っておくことにした。
「それでムラヤマに会うために部屋まで行ったんだが、そこに先客が一人いてな。そいつはちょうどムラヤマを穴だらけにしている最中だった」
「それがあのドローンの操縦者か」
「あぁ。そいつはでかいリモコンを持っていてあのドローンを操作していたんだ。そして俺達の顔を見るなり、ドローンで攻撃してきたんだよ。俺達は必死に逃げて身を隠していたんだが、その間にあのドローンは店の人間を無差別に殺し始めた。それで静かになったところでコソコソと出口まで移動していたところであんたらに出会ったわけだ」
「その操縦者はフードで顔を隠した奴か?」
「ん? あぁ、フードを被っていたな。何で知っているんだ?」
ジェイクが尋ねる。
「爆弾事件は知っているな。俺達はその犯人を追っている」
レイは先程車内で話していた内容を簡単に説明する。
「それで村山が狙われる可能性があると踏んでいたんだが、一足遅かったようだな」
レイの言葉にジェイクは呆れたように首を振る。
「あの野郎。一体どれだけの人間から恨みを買ってんだ」
「とりあえずいったん外に出たほうが良さそうだ。こんな視界の悪い場所でドローンを相手にするのは分が悪い」
四人はそれぞれ頷き合い、足早に出口へと向かう。それほど離れていなかったので出口にはすぐに辿り着いた。レイがドアノブに手をかける。その間、他の三人は周囲を警戒する。
「おっさん、早く開けろよ」
コウが振り返ると、レイはドアノブに手をかけたまま固まっていた。その顔には苦々しい表情が浮かんでいる。
「扉がロックされている」
「は?」
レイの言葉にコウは思わず聞き返す。レイは扉を押したり引いたりしているが、扉はビクともしない。
「遠隔操作でロックしたようだな。そしてこの扉の分厚さ。爆弾でもないとぶち破れんな」
「ドローン野郎の仕業か?」
コウの問いにレイは頷く。
「元々は招かれざる客を、店に入れない為のシステムなのだろう。どうやら向こうは俺達を生きて返す気は無いらしい」
レイは大きくため息を吐きながらドアノブから手を放す。ジェイクが肩越しにレイを見る。
「それで次の手は?」
「出口が別にあるか知らんが、あったとしても扉の操作を行った場所の近くだろう。結局のところドローンを相手にする必要があるということだ」
レイは三人に向き直り、それぞれ指差す。
「待っていても仕方がない。四人で固まって攻めに出る。フレディ。ジェイク。お前達は前衛を頼む。コウと俺は後方からカバーする」
レイの指示にコウとジェイクは小さく頷く。だが、逆にフレディは眉をひそめながらレイを睨みつけた。
「何で当たり前の顔して手前が仕切ってんだよ。おまけに俺達が前だぁ?」
「お前達の武器は後方からの援護に向いていない。それに互いに慣れた相手とのほうが咄嗟の連携も取りやすいだろう。対案があれば聞いてやるが?」
レイはフレディをまっすぐに見据え、そう言った。フレディは返す言葉が思いつかず、小さく唸りながらジェイクの方を見る。ジェイクは、諦めろと言わんばかりに肩をすくめた。
「話はまとまったな。ジェイクの話を聞く限り、敵は一人だ。ドローン以外の攻撃は無いとみていいだろう。プロペラ音に警戒しろ。それと――」
レイは銃を天井に向けて発砲する。放たれた弾丸は天井に備え付けられた監視カメラを撃ち抜いていた。
「監視カメラを見逃すな。操縦者はあのカメラで俺達の動向を見ている」
四人は互いに頷き合うと、指示された通りのフォーメーションで銃を構えた。
ゆっくりとした足取りで進んでいく四人。道中で見つけた監視カメラは互いに小さく声をかけながら一つ一つ撃ち抜いていく。
「しかしあんなでかいドローンとまともにやりあえるのか?」
撃った分の弾を再装填しながらコウが尋ねる。レイは周囲に目を配らせながら答える。
「あのドローンの弱点は銃撃時の姿勢維持のために巨大なプロペラを使っている点だ。当然本体の駆動音もうるさくなり、位置を特定しやすい。そしてプロペラを一つでも破壊すれば本体の重さを制御しきれず、そのまま地面に叩きつけられて破壊されるだろう」
「でも今プロペラ音全然してねえな」
「あぁ、それが懸念だ。どこかで待ち構えているかもしれん」
そんな会話をしていると、突如耳障りなプロペラ音が店内に響いた。
「――来るか!?」
四人は銃を構え、耳をすます。プロペラ音は徐々にこちらに近付いてきている。
「正面だ!」
レイが叫ぶと同時に、通路を横切るようにして前方からドローンが姿を現した。




