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外に出ると、道路脇に停められたレイの愛車――大型ミニバンが目に留まった。
「あれ、車の修理終わったんだ」
「あぁ、ついさっきな」
コウは助手席側に乗り込むと、早速ライスバーガーにかぶりついた。ソースの染み込んだぱりぱり食感のライスが、柔らかいステーキ肉のうまさを何倍にも引き上げており、コウは思わず幸せそうなため息を漏らす。
「くあぁ、うめえぇ。おっさんに分かるか、このうまさ」
「さっさと食え。それとこれに目を通しておけ」
コウの嫌みを軽くスルーしながら、レイは大きな茶封筒をコウの膝元に放る。車のエンジンがかかり、車体が大きく揺れる。
「おっさん夕飯は?」
「もう済ませたよ」
「またレーションと水か。相変わらずディストピアに生きてんな」
コウは食事を続けながら封筒から中身を取り出して目を通す。
それは体の半分を吹き飛ばされた男の写真だった。いきなり死体の写真を見せられたコウは思わず吐き出しそうになる。
「おい、グロ写真なら先に言えよ!」
「死体くらいもう見慣れたものだろう」
レイは全く悪びれた様子もなく、運転を続ける。
「人が肉食ってる時に人間ミンチなんか見せやがって。というか誰これ?」
「今世間を騒がせている爆弾事件の被害者だ。監視カメラの映像から、この男に小包を渡す人物が映っていたそうだ」
封筒からさらにもう一枚、写真を取り出す。そこにはフードを被った人物が被害者に近付いている姿が映っていた。
「夏に長袖のパーカーって怪しさ満点だな。ていうか、爆弾事件追うの? 何ナチュラルに仕事増やしてんだよ」
「実はこの被害者の男を調べていて、面白いことが分かった」
「面白いこと?」
「この被害者の男、名前は梅野創一。夕暮新聞社の役員をやっている男だが、それとは別に副職があった。脱法ハーブだ」
ハーブの言葉を聞いて、コウの目つきが変わる。
「まさかマリアにハーブ売りつけてたのはこいつか!?」
「可能性は高い。こいつが扱っていたのはまさに巻き煙草型のハーブだ。記者というだけあってドラッグ市場には詳しかったのだろう。バックの組織が違うエリアを転々としながら、荒稼ぎしていたそうだ」
レイの言葉を聞いて、コウの写真を持つ手に力がこもる。
「クソッタレ。ヤクザに先を越されちまったってことなのか」
「……いや、そうとも言い切れない。シマ荒らしの報復としてもこんな派手な殺し方はヤクザ者のやり方じゃない」
レイは軽く首を振りながら言葉を続ける。
「そもそもこの男の副職を知ったのは偶然でな。以前調べていた情報で見かけた名前だったから気になって調査したら出てきたという訳だ」
「調べてたって何を?」
「真愛会だ」
「え?」
ここにきて突然真愛会の名を聞かされ、コウは思わず聞き返す。
「こいつ真愛会に関わってんの?」
「支援者の一人だ。個人名義で高額の寄付を行っている」
「真愛会で商売してたってこと?」
「あの団体自体は白だろう。金の流れは完全に公開されている上、管理の羽山も隠し事が出来るタイプじゃない。だがあそこできっかけを作ることはできる。あそこの住民を使ってクラブに誘ったりしてな」
「もしかしてあそこで客になる人間を吟味していた?」
「それに関してはもう一つ面白い情報がある。また別の支援者で人身売買の副職を持ってる奴がいた。あそこの団体は行方をくらます奴が多い。一応何かしら手紙などは置いていくそうだが、その後の足取りは不明だ」
「何だか話が胡散臭くなってきたぞ」
「もっと胡散臭くなる話をしてやろうか? この人身売買の副職を持つ男。表向きの仕事は大海運輸という貿易会社の人間で、名前は竹本和樹。数日前に殺されている」
コウは眉間に皺をよせながら軽く首を振った。
「一体どうなってんだ? 真愛会の支援者がどいつもこいつも変な副職持ってて、おまけに続けて殺されてるって?」
「死亡を確認したのは二人だけだ。ただの偶然の可能性もある。だが、俺はどうも偶然とは思えない」
「確かに妙に繋がってるよな」
コウはダッシュボードの上に封筒を放ると、食事の残りを一気に片付ける。
「でも俺達の目的はあくまで失踪人探しだろ? 例え裏で連続殺人が起きていたとしても追う必要はないだろ」
「そのクリス失踪も関係ないとは言い切れない。竹本が殺されたのはクリス失踪の数日後だ」
コウは一瞬考え、レイの言葉の意味に気付いた。
「まさかクリスが犯人だって? まだ十七のガキだぜ?」
「子供でも武器を持てば自らの意思で人を殺せる。それともう一つ疑惑がある。クリスの捜索を依頼してきた野田は興山組という暴力団の幹部だった。クリスの捜索に何かしらの意図が含まれている可能性がある。他の殺された連中との繋がりについてはまだ分かっていないが、それを今から確かめに行く」
「そういやこの車どこに向かってんの?」
コウが思い出したように尋ねる。
「副職持ちの支援者のところだ。名前は村山達哉。表向きはエクストラゲインという広告代理店に勤めているが、裏では非合法の売春クラブを経営している。一連の事件や野田のことについて何か知ってるかもしれん」
「……売春ってことはそいつもシマ荒らしやってるってことか」
コウは呆れたように息を吐く。
「そういうことだ。ヤクザ者に消される可能性もある。だから急いで向かう必要があるんだ」
そう言ってレイは車の速度をさらに上げた。日が沈み、完全に暗くなった夜空を眺めているうちに、コウの酔いは完全にさめてしまっていた。




