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フレディが目を覚ました時、部屋の中は完全に薄暗くなっていた。体をゆっくりと起こして軽く背伸びをする。
フレディが寝ていたのは八畳ほどの小さい部屋だった。ベッドと小さな棚が置かれているだけの簡素な部屋で、足元にはフレディが脱ぎ捨てたスーツが散らばっていた。フレディは立ち上がり、全身のいたるところをボリボリとかきむしりながら、部屋を出る。
「……今何時だ?」
シャツにブリーフのみというラフな格好のフレディは、あくび交じりにそう尋ねた。
「夕方の五時だな。いつまで寝てんだよ」
三人掛けの大きなソファにジェイクが寝転がっていた。机には大きな水パイプが置かれており、そこから伸びるホースを口にくわえ、とろんとした目つきで白い煙を吐き出している。
「お前もやるか?」
ジェイクはそう言って、手に持つホースを軽く持ち上げる。フレディは軽く首を振りつつ再びあくびをする。
「シャブばっかりやってんじゃねえよ。いつか手前もゲロの海に溺れることになるぞ」
「俺は上物しかやらねえし、オーバードーズ起こすような馬鹿な吸い方なんてしねえよ」
ジェイクはへらへらと笑いながら煙を吐き出す。締め切った状態で吸引しているせいで、部屋の中は煙が充満していた。フレディはうんざりした顔で窓を開ける。
その時、フレディは足元のゴミ箱に、ハンバーガーの包み紙が捨てられているのを視界の隅に捕らえた。フレディは眉間に皺をよせ、一緒に捨てられていたレシートを拾い上げる。
「おい、なんだよこれ」
フレディはジェイクを振り返る。
「おいこらジェイク。何だこれは? 何で手前、ハンバーガーなんか食ってんだ?」
ジェイクはゆっくりとした動きでフレディに顔を向ける。
「何でって昼に食ったから」
「俺の分は?」
「ねえよ。だってお前寝てたじゃん」
その言葉を聞き、フレディは激高した様子で、ジェイクに丸めたレシートを投げつけた。
「ふざけんじゃねえぞ! こっちは朝から何も食わねえで、拉致に拷問に死体遺棄とフルコースで働いてんだ! 俺、ハンバーガー食いてえって言ったよな? 何で手前だけ楽しんでんだよ! ポテトにナゲットまで頼みやがって!」
フレディの言葉に、ジェイクは顔をしかめる。
「何、いきなりぶちぎれてんだよ。あぁ、分かった。腹減ってるから気が立ってんだな。早めの夕飯にしよう。ご飯と味噌汁余ってるから温めてやるよ」
「はあ? 日本料理なんて食わせんじゃねえよ。今すぐハンバーガー買ってこい!」
「せっかくだから食ってみろよ。悪くないぜ。さて、おかずは作らねえと」
そそくさと立ち上がるジェイク。フレディは不満そうな顔を向けるも、やがて観念したようにため息を吐きつつソファに座り込む。
「そういやあの死体のこと、何かニュースでやってたか?」
フレディはテレビをつけながらそう尋ねる。台所から調理音と共にジェイクの声が聞こえてくる。
「あぁ、一応流れてたぜ。といっても、せいぜい五分くらいだったけどな。事件と事故両方で調べるってよ。まぁ、今はどこも爆弾事件のことで手一杯だろ」
「爆弾事件?」
「あぁ。三時頃だったかな。爆弾テロがあって、喫茶店で男がぶっ飛ばされたんだと」
フレディはチャンネルをいくつか回す。ジェイクの言った通り、どの局も爆弾事件についての報道を行っていた。テレビには原稿を読むニュースキャスターと、凄惨な破壊の後が残った建物の映像が映し出されていた。
「随分と派手にやったもんだな。そんなにしてまで吹き飛ばしたい野郎だったのか」
「おかげで死体遺棄が目立たずに済んだぜ。神に感謝だな」
「神様が俺達のために不届き者を吹き飛ばしてくれたってか」
「きっと炎と硫黄がブレンドされた爆弾だったんだろうぜ」
そんなくだらない会話を続けていると、皿を両手に抱えたジェイクが台所から姿を現した。口笛交じりに皿をテーブルに並べていく。
「なんだこりゃ」
フレディは並んだ品を見て、開口一番そう言った。
「何だこの黄色い塊と白い塊は」
「うん? 知らないのか? こいつは卵だぞ。名前は卵焼き。通称日本オムレツだ。こっちはかまぼこ。フィッシュケーキって言えば分かるか? 醤油バターでさっと炒めた」
ジェイクの説明を聞いて、フレディは露骨に嫌そうな顔をする。
「ま、とりあえず食ってみろって。ほらよ、フォーク」
続いてご飯と味噌汁がテーブルに並べられる。フレディ諦めたようにため息を吐きつつ、かまぼこを一切れ口に放る。途端に、フレディは驚いたように目を見開く。
「何だこれ、うめえじゃねえか」
「おう、そうだろ。結構癖になるぜ」
「ケチャップとか合いそうだな」
「冷蔵庫に入ってるぜ」
フレディは立ち上がりキッチンの方へ向かう。そこにある冷蔵庫が死体を保管していたものだと気付き、一瞬開けるのをためらうが、そのまま無言で中からケチャップを取り出す。
ソファに再び腰掛けたフレディは、ご飯の上に卵焼きとかまぼこを数切れ乗せると、その上からケチャップをどばどばとかけ始めた。ジェイクはその様子を見て眉をひそめる。
「……きったねえ食い方だな。いいか? 日本の飯の食い方は口内調味って言ってな」
「うるせえな。飯くらい好きに食わせろ」
フレディはご飯をぐちゃぐちゃと混ぜつつそれをかきこむ。
「うん、うめえ。これニューヨークで出したら売れんじゃねえのか」
「売れねえよ、汚い丼ぶり生み出しやがって」
互いに悪態をつきながら二人は淡々と食事を続けた。テレビではニュースが終わり天気予報が流れている。
その時、テーブル上に置いてあるスマートフォンから着信音が鳴り響いた。二人はピタリと食事の手を止め、それを見つめる。
「……フレディ、電話だぜ」
フレディは顔をしかめつつ、スマートフォンを手に取る。
「ボスからだ」
「…………」




