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昼過ぎだったということもあり、二人は夢中で料理を口に運んでいく。テーブルの上の料理がすごい速さで消えていくのを、レイは壁にもたれかかったまま無言で見つめている。
「リンディエン。相変わらず食事はレーションばっかりか~。体に悪いよ」
そんなレイにハオは相変わらずの笑顔で近付く。レイは目線をハオに向ける。
「普通の食事は効率が悪すぎる。レーションならば、一分と掛からず、こいつらの食事よりバランスよく栄養を供給できる」
「もっと人生楽しみなよ~。昔っから何でも効率効率って~」
「大きなお世話だ。それより今回は迷惑をかけたな。詫び金だ。受け取ってくれ」
レイはそう言うなり、ポケットから封筒を取り出し、ハオに差し出す。ハオはその封筒を見るや否や、困った様子で首を横に振った。
「いやいや、受け取れないよ! リンディエンからお金を巻き上げたなんて首領に知られたら殺されちゃうよ!」
「こういうものは相手が誰だろうとしっかり受け取るものだ。問題が起きたら後で俺に言え」
レイは半ば押し付ける形でハオに封筒を渡した。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
一連のやり取りを見ていたコウは、食事の手を止め、レイに質問する。
「なんか二人、やけに親しげじゃね? そもそもリンディエンって何?」
「俺の名前、レイジを零時とかけて、それを中国読みしたものだ。昔からコードネームのように周りからそう呼ばれていた」
「昔?」
レイは一瞬顔をしかめ、言い淀む。
「あれ、言ってなかったの?」
その様子を見て、ハオは驚いた様子で口を開く。そしてコウに向き直った。
「リンディエンは金獅子のメンバーだったのよ。それも幹部も幹部。大幹部だったよ」
ハオの言葉を聞いてコウは思わず料理を吹き出す。
「おっさん、チャイマだったの!?」
「昔の話だ。仕事の当てがなく、しばらくの間身を寄せていた。今は組織を抜けた身だ」
「金獅子は元々本土での抗争に敗れて日本に逃げ込んだ弱小組織だったのよ」
ハオはしみじみとした表情で言葉を続ける。
「あの頃は大変だったよ。先代の首領が殺し屋に殺されちゃってさ。おまけに先代の子供はまだ十代で、誰が組織をまとめるんだって、後継者争いが起きる寸前だった。その頃だったかな。リンディエンが組織に入ってきたの」
「後継候補を消すために雇われたヒットマンとしてだがな」
「それで先代の子を殺そうとしたんだっけ」
「あぁ。だがあいつは自分を殺す前に、組織の発展に邪魔な敵対組織の幹部を数人消してくれと頼んできた。このターゲットさえ消せれば、あとは誰がトップになっても問題ないからとな。実際にあいつの狙いは的確で感心させられたよ。気付けば殺しの依頼もキャンセルされ、あいつがトップとして組織は一つにまとまっていた」
「首領の依頼を完璧にこなしたリンディエンもすごかったよ。そのまま首領の右腕として重宝されたのも皆納得してたね」
「そうやって俺を組織に取り込むのも、あいつの狙いだったのだろう。自分を殺そうとした奴らへの牽制も込めてな」
「今でもリンディエンに戻ってきてほしいって言ってるよ。たまには顔出してあげたら?」
「断る。いい加減代わりを見つけろと伝えておけ」
「ははは、殺されるから無理」
昔話に花を咲かせる二人。その話の壮絶さに、コウとエミカは呆気にとられた様子で聞いていた。
「ねぇ、コウ」
エミカがコウに顔を近付けつつ、小さい声で尋ねてくる。
「レイさんってほんと何者なの? そもそも日本人?」
エミカは訝し気な表情だった。コウはレイのほうをチラリと見ながら答えた。
「あぁ、生まれは中央アジアって聞いたな。地図にも載ってないほどの小さい集落だとか」
「やっぱりそうなんだ。なんか雰囲気違いますよね」
「ガキの頃から傭兵として紛争地帯を渡り歩いていたらしい。殺し屋やマフィアやってたのは初めて聞いたが」
「一目見た時からただ者じゃないとは思ってました」
「外国人は苦手か?」
エミカの背後から突然レイが言葉を投げかけ、エミカの肩がビクンと跳ねる。二人の会話を聞かれていたようだ。
「言っておくが、俺は帰化して日本国籍を取得している。公的にはお前と同じ日本人だ」
「ご、ごめんなさい! そういうつもりじゃ――」
エミカは慌てて立ち上がり、レイに頭を下げる。レイはすっと目を細める。
「それは何に対しての謝罪だ? 俺を日本人じゃないと言ったことか? 俺がお前のイメージする日本人に当てはまらないという発言に対してか?」
レイの言葉にエミカは青ざめた表情で固まる。そんなエミカにレイは呆れたように鼻を鳴らしながら口を開く。
「ここで民族の定義だの誇りだのを討論するつもりはない。集団において異物を排除しようという思考は生物としては自然な行為だ。だが、それによって新たな争いの火種が生み出されるのも、また自然な成り行きだというのを忘れるな」
レイはそれだけ言うと、再び大きく鼻を鳴らし、壁にもたれかかる。エミカは立ったままうつむいている。
「まぁまぁ。おっさんは見た目がカタギじゃねえんだから、しょうがないだろ?」
見かねたコウが明るい調子で発言する。
「エミカも気にすんなよ。おっさんは別に怒ってるわけじゃなくて、今後気をつけろよ~って注意してるだけなんだからさ」
「は、はぁ……」
エミカは肩を落としたままソファに腰掛ける。完全に落ち込んでしまったようだ。この重苦しい空気をどうしようかと、コウは頭をボリボリとかきながら思いあぐねる。
その時、血相を変えて見知らぬ若い男が部屋に入ってきた。ワイシャツに短パンとラフな格好で、タブレットケースをたすき掛けしている。男はハオの元に駆け寄ると、中国語で何やらやり取りをし、その後レイに近付く。
「女を見つけました」
男が日本語でそう言った。その言葉を聞いた瞬間、エミカは勢いよく立ち上がり、その男に詰め寄った。
「マリアを見つけたんですか!?」
掴みかからんほどの勢いで詰め寄るエミカ。男は大きく頷いた。
「はい、ただ――」
男はレイに困ったような視線を向ける。
「その、言いにくいんですが……」
「さっさと話せ」
言い淀む男に、レイはきっぱりと告げる。その言葉を聞いて、男は決心したように息を吐くと、ぶらさげていたタブレットをレイに手渡す。
「クラブ、マウンテンゴリラの裏手で若い女性が倒れていました。その女性の写真を撮った奴がいて、その写真を貰ったんですが」
レイがタブレットを操作し、画像ファイルにアクセスする。途端、レイの眉間に皺が寄せられる。そして顔を上げ、不安そうな視線を向けるエミカをまっすぐに見据える。
「確認しろ。マリアか?」
タブレットをエミカに手渡す。そこに映し出されている画像を見て、エミカの表情が固まった。
「この後、女性は救急車で運ばれたんですが、病院に確認したところ、着いた時には既に息を引き取っていたそうです」
男の言葉を聞いて、エミカはその場に崩れ落ちた。
「エミカ!」
コウは慌ててエミカに駆け寄り、その肩を抱きかかえる。そしてエミカの持つタブレットに視線を向ける。
そこにはアスファルトの地面に横たわる一人の少女が映し出されていた。ワンピースとクロップドトップスの重ね着という服装で、スタイルの良さが際立っている。ウェーブのかかった髪が地面に広がり、まるで眠っているかのように安らかに目を閉じている。その表情を見て、コウは顔をしかめる。
見間違えようがない。それは彼らが探していた目的の人物――マリアだった。




