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「おっさんの言ったとおりだな。このコカインなんてグラムで一万いく品質だろうに、数千円で買えたぞ。こっちのハーブなんて煙草より安かったしな。マジでドラッグ市場の価格破壊が著しいみたいだ」
「……それがマリアのことと何か関係あるんですか?」
エミカは不快感をあらわにしてそう言う。コウは神妙な面持ちでエミカを見つめる。
「関係ありだ。それもちょっと厄介なことになりそうだ」
コウは小さく息を吐く。
「実はこの店にマリアに似た女の子が出入りしていたという情報が手に入った」
「え、本当ですか!?」
コウは頷きながら言葉を続ける。
「マリアが吸っていたのって草の臭いがきついって言ってたよな? 今時はハーブも臭いの少ない電子煙草型が主流で、手巻きなんてよっぽどの物好きしか吸わないんだ。それでも扱ってる売人がいるかなといくつか当たってみたんだが、結果は見ての通り。それらしきドラッグを扱ってる売人は一人もいなかった。話を聞いた感じ、基本的にこの店では扱ってないらしい」
「……えっと、それがどういう?」
「ドラッグの売人ってのは基本的にバックについてる組織がいる。そしてどの組織がどのエリアでどのドラッグで商売していいかってのは、すげえ細かく決められているんだ。シマって言葉聞いたことあるだろ?」
エミカは怪訝な表情を浮かべつつも、ゆっくりと頷く。
「それで、単刀直入に言うとだな。マリアはどこの組織にも所属していない個人――いわゆるモグリのプッシャーからハーブを買ってた可能性が高いってことだ。で、これは完全にシマを荒らす行為。つまりこの辺一帯のヤクザ屋さんに喧嘩を売る行為だ。最近のヤクザはシマ荒らしには敏感でな。殺されても文句は言えない。とっくに殺されてるかもな」
コウの言葉を聞いて、エミカの顔がどんどん青ざめていく。
「それじゃあマリアの身にも危険が?」
「この場合の危険は、マリアがモグリから買ったドラッグをやっていたって点だな。モグリの扱うハーブは、薬の成分や分量が適当で、一発で心肺停止なんてのも珍しくない。モグリが本業から嫌われるのは、いい加減なドラッグをばらまいて客を殺すからだ」
そこまで言って、コウはエミカが両手で自分を抱きしめ、小刻みに震えていることに気付く。事態の深刻さに気付いたようだ。コウはグラスの酒を一気に煽ると、静かに立ち上がる。
「さっさと店を出よう。家まで送るよ。おっさんにこの辺の監視カメラの映像調べてもらうから、今日中には見つかるはずだ」
コウの言葉に、エミカは不安と期待の入り混じった視線を向ける。その視線を受け、コウは柔らかい笑みを浮かべる。
「任せとけって。マリアは絶対に見つけ出す。俺はこの世界のプロだぜ?」
コウはそう言って、エミカに手を差し伸べる。エミカは戸惑ったような表情を浮かべつつも、小さく微笑み、その手を取る。
二人は並んだ状態で店への出口へ向かう。エミカはコウの腕を掴み、怯えた様子で周囲に視線を送っている。
「そんなに怯えなくて大丈夫だって。裏にヤクザ者がついてる店ってのは、何よりも店内の治安維持に神経使ってるんだ。ちょっとでも騒ぎが起きれば警察に踏み込まれたり、首に賞金かかったりと踏んだり蹴ったりだからな。こっちから何か仕掛けない限り、向こうも手を出したりはしない」
そんなことを言いつつ、二人は店を出る。冷房が効いていた店内とは違い、外のむせ返るような熱気が体にまとわりつき、二人は同時に顔をしかめる。
そこで二人は外が何やら騒がしいことに気付く。
店の裏手の方だろうか。何やら人だかりが出来ており、救急車や人が倒れていると言った言葉が飛び交っている。
「何かあったみたいだな」
コウはそちらにチラリと視線を向け、すぐに反対方向に歩き出す。
「ま、昼間から酒を飲みすぎて倒れたんだろ。騒ぎに巻き込まれるのはごめんだ。さっさとこの場を離れよう」
エミカは人だかりが気になるようでそちらに顔を向けたまま、コウについていく。
その時、突然コウが足を止めたことで、コウの背中に思い切りぶつかってしまう。
「わっ! 何?」
エミカは驚いた様子で、コウに顔を向ける。そして視線をコウの前方に向け、その表情が固まった。
二人の目の前には、ジーパンに黒のタンクトップを身に着けた小柄の男が立っていた。見た目はまだ幼さの残る少年のような風貌だが、短く刈られた頭とカミソリのような目つきは明らかにカタギの者ではなかった。さらにその左右には同様にラフな格好をした若い男が二人ずつ並んでおり、道を塞ぐようにしてコウの行く手を遮っていた。
「ええっと……」
コウは小さく深呼吸をし、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もしかして俺に何か御用で? もし無いようなら行かせてもらうんだけど」
コウはなるべく相手を刺激しないよう、穏やかな口調で言った。向かい合う小柄の男は口元をニヤリと歪ませながら、その口を開く。
「お前らだろ。人を探してる二人組。店長が連れてこい言ってた。お前らついてくる」
小柄の男は独特な訛りの日本語でそう言った。コウは首だけ振り返り、先ほどまでいた店の看板を確認する。安っぽい電光の文字で『マウンテンゴリラ』と書かれている。
「まさかこの店の店長じゃねえよな? この店のバックに付いてるのは日本ヤクザのはずだ」
コウは小柄の男をまっすぐに見据え、言葉を続ける。
「お前中国系だろ? さすがによそのシマで騒ぎを起こすのは問題なんじゃないのか? どんな用事かは知らないが、今回はタイミングが悪かったと思って日を改めたらどうだ?」
コウはあくまで冷静を装ってそう話す。だが内心は後ろのエミカのことが気が気でなかった。コウ一人ならばこの状況を打破する方法がいくらでもある。だが、ただの一般人であるエミカを連れている今の状況で、相手とトラブルを起こすのは非常にまずかった。




