3-1
ラジオから流れてくる音楽に合わせて口ずさみながら、コウは車を走らせていた。車は住宅街をゆっくりと進んでいき、やがて目的の家の前で止まった。コウは軽く家を見上げた後、クラクションを短く鳴らす。しばらくすると玄関の扉が開いた。
そこから姿を現したのはエミカだった。肩あきニットにガウチョパンツという服装で、頭につば広の帽子をつけている。コウが軽く手を振ると、エミカもそれに応えて手を振る。そして足早に車に近付くと助手席側に乗り込んできた。
「私服、可愛いじゃん」
扉が閉まるのを待って、コウはエミカに言った。エミカはすっと目を細めてコウを見る。
「下心見え見えですよ」
「こういう言葉くらい素直に受け止めろよ。可愛くないな」
「それより今日はレイさん一緒じゃないんですね」
「あぁ。おっさんは事務所で情報収集中。そもそもおっさんがいたらエミカの同行を許す訳ないだろ」
「……確かに。何かあの人、私のこと嫌ってません?」
「気にするなよ。おっさんは誰に対してもあんな感じだ」
コウはそう言って軽く鼻を鳴らす。
エミカの依頼を受け、コウはレイの調べた情報を元に、ドラッグの売人が出入りしているクラブを調査することになった。その時、定時連絡用にとエミカと番号を交換する事にしたのだが、その夜、エミカから自分もついていくと連絡が入った。初めは同行を断ったコウだったが、その説得は長時間にも渡り、とうとうコウは観念して了承する羽目になったのだった。
「不用意に番号教えなけりゃよかった」
己の迂闊さを嘆きながらコウは天井を仰ぐ。
「さあ張り切っていきましょう!」
対照的にエミカはやる気満々で言った。
「ま、男一人で乗り込むよりは目立たずに済むか」
コウは諦めたように息を吐いた。
しばらくの間、車を走らせ、目的地であるクラブが見えてきた。シャッターの降りた店ばかりが並ぶ中、その一角だけ無数に取り付けられた電光看板が光っている。そしてその安っぽい光に群がるように多くの若者がたむろしていた。
コウはクラブから少し離れた有料駐車場に車を止める。その時、コウのスマートフォンから着信音が鳴り響いた。表示を見るとレイからだった。
「もしもし。どしたの、おっさん?」
『そちらの調査は進んでいるか?』
「いきなりだな。今ちょうど着いたところだよ」
レイの質問にコウは鼻を鳴らしながら答える。
「そっちはどうなんだ? 真愛会について何か分かったのか?」
『いや、何も。一通り調べたが、何かの犯罪稼業に関わっている痕跡は見つからない。そもそもあの団体については依頼を受ける前に一度調べている』
「それじゃあ、マリアの件についてはエミカの思い過ごし?」
『現段階では何とも言えんが、マリアが真愛会に通っていたのは事実だ。管理の羽山にも連絡し、よく遊びに来ていた女の子がいたと証言している。真愛会に通う過程で犯罪に巻き込まれたと仮定し、今は団体の支援者や周囲のヤクザ者を調べているところだ。それと依頼人もな』
「クリス捜索を依頼した人を?」
『あぁ。身元を隠そうとする奴には何かしら後ろ暗い理由があるはずだ。本来こういった依頼人からの仕事はあまり受けたくなかったんだがな』
「そういや珍しいな。匿名希望の依頼を受けるなんて」
コウの言葉に、レイは一瞬沈黙する。
『……似ていたものでな』
「え、何が?」
『何でもない。調査を頼むぞ。こっちの調査が一区切り付いたら、そちらに合流する』
レイはそれだけ言うと通話を切った。
「何か分かったんですか?」
コウの顔を覗き込むようにしてエミカが言った。コウは首を横に振る。
「真愛会とその周辺を調査中だってさ。そもそもマリアって子は何であんなところに通ってたんだ?」
コウの質問にエミカは困った顔を浮かべる。
「それが私にもよく分からないんです。一時期すごく暗い顔してて、話しかけても相手してくれなかったりしたんですけど、ある日超機嫌良さそうな顔で学校に来て、その時に真愛会のことを話してくれたんです。何かそこの男の子と仲良くなったとか言って」
エミカの話を聞いて、コウは真愛会の子供達に集団リンチを受けたのを思い出していた。
「あ~、あそこのガキ共、元気一杯だからな。あいつらと遊んでりゃ悩みなんか忘れるだろ」
「……いや、そういう感じの話じゃなくて。ところで何で真愛会の名前にそんなに食いついたんですか?」
「あぁ、ちょうどあそこから依頼を受けててな。何か手がかりになるんじゃないかと思っただけだ」
「どんな依頼ですか?」
「さすがにそれは教えられないな。それに聞いた感じ、特に関係はなさそうだ」
そんな会話をしている内に、二人はクラブの入り口に到着していた。重い木製のドアを開き、二人は店内に入る。カウンターを通り過ぎ、さらにもう一つ重い扉を開くと、軽快なリズムの音楽が二人を包み込んだ。
店内では無数のスポットライトが反射する中、多くの人々が酒やダンスを楽しんでいる。夏休みに入った関係か、中には明らかに十代と思しき人もいる。
二人は空いているボックス席に向かい合う形で腰を下ろした。近付いてきたウェイターにノンアルコールの飲み物を注文する。
「それじゃあ聞き込みしてくるから、ちょっと待っててくれ」
身を乗り出し、声を張り上げながらコウは言った。その言葉を聞いて、エミカは不安そうな表情を浮かべる。
「一人にしないで下さいよ! 私こういう店来たことないんですよ!」
「大丈夫だ。精々ナンパ野郎が声をかけてくるくらいだよ。連れがいますって適当にあしらっとけ。数打ちゃ当たるでやってるだけだから、キッパリと断ればすぐ引き下がってくれるよ」
なおも不安そうな顔を向けるエミカに軽く手を振りながら、コウはバーカウンターの方へと足を向けた。手の空いているバーテンダーを見つけ、笑顔を浮かべながら歩み寄る。




