2-6
十分ほど車を走らせ、フレディは目的の住所に到着した。今、フレディの目の前には二階建てのガレージハウスが建っている。まるでコンテナをそのまま大きくしたようなその建物は、一階部分に大きなシャッターが備えられており、建物の大きさからしておそらく丸々車庫となっているのが予測できる。シャッターの脇には小さな玄関、そして二階部分に取って付けたような四角い窓がいくつか並んでいた。
「おい、ジェイク。来たぞ」
そう言って、フレディは玄関脇の呼び鈴を鳴らす。すると中から慌ただしい足音が鳴り響き、扉が勢いよく開かれた。
「あぁ、フレディ。来てくれたか」
出迎えたジェイクの姿に、フレディは思わず眉をひそめた。
ジェイクはタンクトップにボクサーパンツという、完全な下着姿だった。それだけなら自宅で普段くつろぐ格好とも考えられるが、全身は汗びっしょりで、それに反して顔面は真っ青だった。
「……どうしたんだ、ジェイク?」
「あぁ、本当によく来てくれたよ。俺、もうどうしようかと」
フレディの質問には答えず、ジェイクはフレディの肩をぽんぽんと叩きながら、力無い笑みを浮かべる。
「なぁ、フレディ。俺達、友達だよな? 互いに仕事の同僚を超えた存在だよな?」
焦点の合っていない目でフレディを見つめるジェイク。そのただならぬ様子に、フレディは一瞬寒気を感じる。
「どうしたってんだ、いつものお前じゃねえぞ! 落ち着けって!」
フレディはジェイクの肩をつかみ軽く揺さぶる。
「あぁ、そうだな。落ち着かないとな」
ジェイクは何度も首を縦に振ると、ふらふらとした足取りで扉の奥に入っていく。それに釣られるようにフレディも後を追う。
扉を抜けると、車の排気やオイル、そしてカビが混ざったような臭いが鼻についた。コンクリートの地面に、予備のタイヤやバッテリーなどが散乱した開けた空間が視界に入る。天井はあまり高くなく、広さのわりに圧迫感を感じさせる車庫だった。
そこでフレディは、ある物に視線を奪われた。車庫のど真ん中。本来車を駐車すべき場所に居座る謎の物体。
「……おい、ジェイク」
フレディは顔をその物体に向けたまま、ジェイクの名を呼ぶ。しかしジェイクからの返事はない。
「ジェイク?」
再びジェイクの名を呼び、その姿を探す。そこでフレディは建物の隅にうずくまるジェイクの姿をとらえる。その手には巨大な水パイプが握られており、ライターで火皿をあぶりながら、吸引口から漏れ出る煙を一心不乱に吸い込んでいた。
「こんな時にヤク決めてんじゃねえよ! いい加減説明しろ!」
フレディの言葉に、ジェイクはそちらに顔を向けつつ、口から白い煙を吐き出す。そのままフレディを見つめつつ何度か吸引を行ったのち、やっと落ち着いた様子でパイプを床に置いた。
「いや、悪かったな。フレディ。いつもの俺に戻ったぜ」
「おう、いつものお前だな。それじゃあさっそく説明してもらおうか。あれは何だ?」
調子の戻った相棒に、フレディも安心しつつ、先程視界にとらえた物体を指差す。
「あぁ、こいつは元々ここにあったわけじゃねえ。二階から運んできたんだ」
ジェイクはそう言って、その物体に近づき、コンコンと軽くノックする。
そこにあったのは巨大な業務用冷蔵庫だった。しっかりとコンセントも差し込まれており、唸るような稼働音を立てている。
「何でここに冷蔵庫があるかって聞いてんだよ。ヤクが切れてボケちまったのか?」
「……実はこれには深い訳があってな」
ジェイクは深くため息を吐いてフレディの顔をチラリと見つつ、冷蔵庫の扉を開いた。
一瞬、視界に飛び込んできたものが何なのか、フレディは理解できなかった。仕切りを外され、広く取られた空間の真ん中に、巨大な肉塊が転がっていた。牛か豚かと考えたが、それは長い手足を小さく折りたたんだ状態で収納されており、服を着ていた。
それは人間だった。かなり若い、おそらく十代の少女だ。眠るように目を閉じており、全身に霜がついている。
「…………」
フレディは眉根を寄せたまま、ジェイクに顔を向ける。ジェイクはバツの悪そうな表情を浮かべると、冷蔵庫の扉を閉めた。
「……いやぁ、まいったぜ」
ジェイクは肩をすくめながらそう言った。
「まいったぜ、じゃねえよ。何だ今の。何で女の死体なんか冷蔵庫で保存してんだよ。食うのか?」
「そんな訳ねえだろ。俺はそんな猟奇的な趣味ねえよ」
「じゃあ何だってんだ?」
「……その、順を追って説明するとだな」
フレディの問いかけに、ジェイクは淡々と答え始めた。
「お前と別れた後、クラブに行って女を引っ掛けたんだ。それがこの女」
ジェイクは冷蔵庫を指差す。
「うつろな目でフラフラしてたから簡単にいけると思ったら予想通りだった。見るからに十代だったんだが、たまには未成年もいいかって思って、そのままタクシーで家まで連れ込んだんだ。ここまでは良かったんだ」
「手前、情報収集するんじゃなかったのかよ。普通にただの女遊びしやがって」
「そこは今は置いといてくれ。それでお前が情報引き出したっていう電話くれただろ? だからさっさと終わらせて次の仕事に取り掛からないとなって思って、シャワー浴びてたんだ。ところがシャワーから上がると――」
ジェイクは冷蔵庫を軽くノックする。
「こうなってた」
「間を省略しすぎなんだよ。意味わかんねえよ」
「この女、何か変なクスリやっててな。それも見るからに安物の吸い物だ。俺にも勧めてきたが、俺は上物しかやらねえから断った。それで、俺がシャワー浴びてる間にもプカプカやってたみたいでな。それでオーバードーズ起こしてゲロ吐いて、それが喉に詰まって――」
ジェイクは冷蔵庫を両手で指差す。
「こうなった」
「死んだのは分かったが、何でそれを丁寧に冷凍保存してんだよ。さっさと捨ててこい」
「この暑さだ。お前が車を返しに来るより早く腐っちまうかもしれないだろ? それにな。この女、ちょっとまずい事情があって」
ジェイクは懐から財布を取り出す。カラフルなデザインの長財布だった。
「お前が来る間、ちょっと女の財布を物色してたんだよ。そしたらとんでもないものが出てきた」
そう言って、ジェイクは財布から一枚の写真を取り出す。写真を受け取ったフレディは、それに視線を落とし――
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
まるで乙女のような悲鳴を上げ、玄関に向かって一目散に駆け出した。
「おい、逃げんな!」
ジェイクはフレディのベルトを両手でしっかりつかみ、逃走を阻止する。
「畜生、離しやがれ! こんなことに巻き込まれてたまるか!」
ジェイクをずるずると引きずりながら、必死に走るフレディ。しかしジェイクも必死な形相でくらいつく。やがてフレディは諦めた様子で大きく息を吐くと、改めてジェイクに向き直った。
「ジェイク……お前、なんてことをしでかしたんだ……!」
今にも泣きそうな表情を浮かべるフレディ。ジェイクは小さく息を吐きながら、地面に落ちた写真を拾い上げる。
その写真には、冷蔵庫に入れられている少女ともう一人、禿げた巨漢の男が映っていた。二人は満面の笑みで肩を組んでおり、写真右下には『愛しのダディ』と書かれていた。
「……やっぱり、これ」
ジェイクは写真をフレディに向ける。
「俺達のボスだよな?」
ジェイクの言葉に、フレディは叫んだ。




