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「……うぅ」
ナカヤマは自分のうめき声に引き起こされるように、ゆっくりと目を開けた。磯の臭いが鼻にさしこみ、同時に自分の鼻と後頭部に鈍い痛みを感じた。
まずナカヤマの視界に飛び込んできたのはコンクリートの壁だった。ナカヤマは痛みに顔をしかめながら首を回し、自分がその壁に囲まれた建物の中にいるということを認識する。
そこでナカヤマはようやく自分の異変に気付いた。ナカヤマの身体は大の字型の磔台に拘束されていたのだ。自らの四肢が拘束されている状況に、ナカヤマの頭は一瞬で混乱した。
「ようやく目覚めたか。寝坊助野郎」
そんなナカヤマに突然声がかけられた。ナカヤマの背後から足音が鳴り響き、白いスーツに白のエプロンをつけた大柄の男――フレディが姿を現した。脇に折り畳みのテーブルとノートパソコンを抱えている。
ナカヤマの困惑の表情を尻目に、フレディは、ナカヤマの目の前でテーブルを広げ、パソコンを操作し始めた。
「ボス~、見えてますか~? お待たせしました~」
フレディはそう言って、パソコンについているウェブカメラをナカヤマに向ける。モニターには複数のウィンドウが表示されており、そこには老若男女、様々な人物が映し出されていた。皆、好奇に満ちた目でナカヤマを見つめている。
『フレディ! 待ちくたびれたぞ!』
画面に映る人物の中、中央に映る男が、野太い声を上げる。そこには上下黒のトレーナーを着た、禿頭の巨漢が映し出されていた。いかつい風貌で大きな椅子に腰かける様は、モニターの中でもひときわ目立っている。
『さぁ、早くそいつの断末魔を聞かせろ!』
「まぁ、落ち着いてください、ボス。まずは情報を吐かせないと」
フレディはなだめるような口調でボスにそう言うと、拘束されたナカヤマに向き直り、ゆっくりと喋り始めた。
「さて、糞野郎。俺は何でこんなことになってんだって間抜けなツラしてるが、その足りねえ頭を少し働かせりゃ分かるだろ? 手前らのやった、シマ荒らしの件だ」
フレディはゆっくりとした足取りでナカヤマの周りを歩き回りながら言葉を続ける。フレディの言葉を聞いて、ナカヤマは自分の置かれた状況を理解し、その顔が青ざめていく。
「誰の指示で動いているのか。バックにはどれだけの組織が付いてるのか。手前の知ってる情報を洗いざらい喋ってもらう。言っておくが、俺は拷問のプロだ。喋る喋らないは自由だが、俺を怒らせるのはあまり――」
「売春組織を仕切ってるのは、エクストラゲインの村山って男だよ! 広告代理や飲食店なんかをやってるカタギの会社だ!」
ナカヤマは突然、堰を切ったように早口で喋り始めた。
「仲介の男の後を付けて調べたんだ! 何かの脅しのネタに使えると思ったから! 俺達は金で雇われただけで、あんたらに喧嘩を売るつもりは無かったんだ!」
「…………」
ナカヤマの言葉を黙って聞いていたフレディは、おもむろにスマートフォンを取り出すと、どこかに電話をかけ始める。
「あぁ、ジェイクか? ちょっと調べてもらいたいんだが――」
フレディはナカヤマが喋った情報をジェイクに伝える。そして二三言葉を交わすと電話を切った。フレディは腕を組み、小さく息を吐く。ナカヤマも黙って、そんなフレディを見つめる。
やがて沈黙を破る様に着信音が鳴り響き、フレディは電話に出る。
「おお、どうだった? 裏が取れたか。よし、分かった。次の仕事に取り掛かれるな」
フレディは明るい口調でそう言った。その様子に、ナカヤマはほっと胸をなでおろす。だが、電話が終わると同時に、フレディは恐ろしい形相でナカヤマを睨みつけた。
「手前、あっさり全部喋りやがったな! 少しずつ情報を引き出していくっていう俺のシナリオを台無しにしやがって! この拷問器具のレンタル費用いくらかかったと思ってんだ!」
フレディの怒声が、建物内に響き渡る。フレディの豹変ぶりに、ナカヤマの顔が一瞬で青ざめる。
「な、なんで怒ってんだよ!? 全部洗いざらい話したじゃないか! 早く解放してくれよ!」
「解放するわけねえだろ、ボケ! 関係者は皆殺しにするに決まってんだろうが! ギャング舐めてんじゃねえ!」
フレディはそう叫ぶなり、ナカヤマに近寄り、拘束具の足元にあるスイッチを乱暴に蹴り飛ばした。すると無機質な機械音が鳴り響き、ナカヤマの右脚部分が、ゆっくりと回転し始めた。突然のことに、ナカヤマは慌てた様子で目を見開く。
「さあて、皆さんお待ちかね。地獄へのショウタイムだ!」
フレディはパソコンに向き直り、そう高らかに宣言した。モニターから歓声の声が上がる。
「今回はちょっと捻りのある趣向を凝らしましてぇ、なんとこいつの四肢をねじねじに捻っちまおうって寸法です。この拘束具によって両腕、両足、そして首がねじ切れるまで回転しちゃいまあす!」
フレディの説明を聞いて、モニターから一層大きな歓声が上がる。それに比例して、ナカヤマの顔はどんどん青ざめていく。
歯車の音に合わせて、モニターからツイスト、ツイスト、という掛け声が沸きあがり、それに合わせてフレディもツイストのステップで踊りだす。その間にも拘束具は回転し続け、やがてそれは臨界点を迎えた。
骨が外れ、皮膚が裂ける音と共に、ナカヤマの悲鳴が響き渡った。そこにモニターからの歓声も合わさり、地獄の不協和音と化す。
「お願いだ! 助けてくれ! なんでもするから!」
「うるせえ! 今時そんなありふれたセリフでどうにかなると思ってんのか! どうせならもっと気の利いた事言いな! そうすればボスの考えが変わるかもなぁ!」
ナカヤマの涙ながらの訴えに全く聞く耳を持たず、フレディは左脚用のスイッチを蹴り飛ばした。
『待て、フレディ!』
その時、突然モニターから大きな声が上がる。ボスの声だった。フレディは慌てた様子でモニターを振り返る。
「え、どうしたんですか、ボス?」
フレディがモニターに顔を向けると、ボスが険しい顔をフレディに向けていた。ボスはフレディの言葉には答えず、無言のまますっと立ち上がり自分の腰に手をやると――おもむろにトレーナーのパンツを下着ごとずり下ろした。
「ファーック!!」
ボスのイチモツが画面にアップで映し出され、フレディは思わず悲鳴を上げる。ボスはそんなフレディを気にする様子もなく、再び椅子に腰を落とした。
『そいつの悲鳴を聞きながらシコる。俺がイクと同時にそいつを逝かせろ。いいな』
ボスはそれだけ言うと、イチモツをゆっくりとしごき始めた。その行動にフレディは小さく唸ると、出来るだけモニターを見ないように気を付けながら、両腕のスイッチを押した。
「よ、よ~し、それじゃあペースを上げていきましょうかね。体がどんどん捻じれていくぞ~」
フレディは明るい口調でそう言いつつ、スイッチの傍にあるつまみでスピードを調整し、連鎖的に脚と腕が捻じれるようセットする。規則的な歯車の音が重なり、輪唱のように響き合う。『おい、フレディ。おかずが足りねえぞ! このままじゃ萎えちまう!』
その音をかき消すように、ボスの野太い声が発せられる。その言葉に、フレディは軽く生返事をしつつ、血のしたたり落ちるナカヤマの右脚を蹴り飛ばした。悲痛な絶叫が響き渡る。
『あっ、あっ、いいぞぉ、フレディ』
「ボス~? 俺の名前を口にしながらマスかくのやめてください~?」
やがて左脚、右腕、左腕と、次々と限界を超え、その度に悲鳴と歓声が同時に沸き上がった。四肢を完全に捻りあげられ、裂けた皮膚からは大量の血が滴り落ちている。自身の激痛に必死に耐えるように、ナカヤマは目を見開き、荒い呼吸を繰り返している。
『よおし、フレディ! そろそろイきそうだぞ!』
同様に荒い呼吸をしながらボスが言った。不快な息遣いに顔をしかめつつ、フレディは首の回転速度を最大まで上げる。
「オッケー、それじゃあ一気にフィナーレと行きましょうか! 皆、準備はいいか~?」
『オオウイエエエ!!』
フレディの呼びかけに、ボスの汚い喘ぎ声が被せられる。
『イクぞおお! フレディいいいい!!』
「イエーッス、ボス!」
ボスの合図と同時に、フレディは最後のスイッチを殴りつけるようにして押した。
歯車の音が鳴り響き、ナカヤマの首が回転していく。ナカヤマの悲痛な叫び声は、声帯が徐々に捻じ曲げられていることで、耳をつんざく金切り声と化していた。そして骨の折れる音と、ボスの絶頂の雄たけびと同時に、断末魔はぷつんと途切れた。
その場につかの間の静寂が訪れる。やがてゆっくりと建物全体を覆うようにモニターから拍手喝采が巻き起こった。
「ありがとう! ありがとう皆!」
フレディは拍手に答えるように、モニターに笑顔で手を振った。モニターに映る人々からさらに多くの称賛の声が上がる。
「次の放送は、この糞共の親玉を血祭りにあげる予定だ。告知はいつものところでやるから見逃すなよ! それじゃあ皆、次回の放送で会おう!」
フレディはそう言って、配信を停止し、パソコンの電源を落とした。真っ暗になったモニターに、フレディの張り付けたような笑顔が映し出される。
「…………」
自分の顔を見て一瞬固まるフレディ。やがて小さくため息を吐くと、スマートフォンを取り出す。
「……あぁ、ハロー。今日そちらで器具をレンタルしたフレディだが。あぁ、そうだ。死体の処理と器具の回収をお願いしたい」
フレディは現在地を淡々とした口調で告げた。そして電話を終えると再び小さくため息を吐きながら、建物の出口へと足を運ぶ。




