0-2
作戦はこうだ。このカジノではエレベーターをコンピュータで制御している。そしてそのシステムには、既にインカムで指示を出している相棒が侵入している。ダニエルとその護衛――理想はダニエル一人だが――がエレベーターに入ったら扉を閉めて閉じ込める。その後、適当な階までコウが移動し、エレベーターもその階まで移動させる。扉を開けたら中にいる護衛とダニエルをコウの懐に忍ばせているスタンガン警棒で気絶させ、後はキャリーケースにダニエルを放り込み撤収というわけだ。
この作戦を成功させるためにはターゲットがエレベーターに乗り込むタイミングを知る必要がある。だが、不運なことに、エレベーター前を確認できるカメラがこのホテルには無かった。
その為、ダニエルの動きを把握するために、コウはシェイクを飲みながら、ターゲットが遊んでいる様子を観察する羽目になったのだ。
「…………」
コウはまずダニエルとその護衛、そしてホテルの入口とを交互に視線を向ける。その距離は約五十メートル程であった。
次に自分の装備を確認する。背広の左右の内ポケットには小型のスタンガン警棒が一つずつ。腰の背面には小型の銃が入ったホルスターが取り付けられている。そしてベルトの左右にはスモークグレネードが二個ずつ設置されている。護衛はたったの二人。不意を突けば、ダニエル含め、すぐに片が付く。そしてダニエルを抱えてスモークをばら撒きつつ出口まで走る。脱出用の車はホテル近くの路肩に止めてあるので、車に乗り込むまでの時間は十数秒程度だ。
コウはストロベリーシェイクを一気に飲み干す。
「完璧だな。いける」
近くを通りかかったカクテルガールにシェイクの空容器を預け、コウはまっすぐダニエルの元へ、足を歩ませる。
「おっさん、プランBで行くぜ」
『なに?』
護衛の一人がこちらに気付き、コウと目が合う。コウはにこやかな笑顔を護衛に向け、片手をあげて挨拶した。
『おい、勝手な行動は――』
護衛が怪訝な顔をしてこちらに歩み寄った瞬間、コウは両手をクロスさせ、左右の内ポケットから素早くスタンガン警棒を抜く。
相手の武器を認識し、護衛の顔色が変わった。だが、その時には既にスタンガン警棒の先端は護衛の体に押し当てられていた。
バチンと火花が弾け、まるで糸の切れた人形のように護衛は崩れ落ちた。素早くもう一人の護衛にも近づき、同様にスタンガン警棒を食らわす。護衛は銃を抜こうと懐に手を入れた状態のまま、その場に倒れた。
「ん?」
背後の異変に気付いたダニエルがこちらに顔を向ける。そして倒れた二人の護衛と、コウの姿を確認し、その目が見開かれる。
「な、何だ、手前は!?」
怯えた顔つきでダニエルは立ち上がる。コウはニヤリと口元を歪め、言葉を放つ。
「ダニーボーイ。娑婆でケツを振る時間は終わりだ。刑務所の新しい友人がお前を待ってるぜ」
余裕たっぷりの笑みを浮かべ、ダニエルにスタンガン警棒を向ける。
その瞬間――カチリと撃鉄のあがる音が後方から発せられた。それも一つではない。
「…………」
コウの笑顔が凍り付く。首から上をゆっくりと動かし、後方に視線を向ける。
コウの後方には別のカジノテーブルがあった。ディーラー一人と三人の客。ダニエルに近付く時、特に意識せずに横を通り過ぎていたが――現在、彼らの手には銃が握られ、その銃口はコウに向けられていた。
「……護衛まだいたのね」
コウがそう呟くやいなや、ダニエルが出口に向かって駆け出した。
「殺せ!」
その言葉を合図にコウは正面に向き直り、前方のディーラーを蹴り倒しながらカジノテーブルを乗り越えた。その勢いのまま、倒れこむように体を伏せる。と、同時に複数の銃声が鳴り響いた。銃弾はコウの頭をかすめ、前方の壁に次々と穴を開けていく。
コウはベルトからスモークグレネードを取り出し、護衛の足元に放り込んだ。
「伏せろ!」
護衛が叫ぶのと同時に、パンっと乾いた音が鳴り響く。もくもくと煙が昇り始め、一瞬にして辺り一帯の視界を真っ白にしてしまった。
異変に気付き、客の悲鳴が巻き起こった。火事が起きたと思ったのだろう。客達は我先にと出口に殺到していく。
煙が十分噴出されたことを確認したコウは、テーブルの影から飛び出して客の中に身を隠した。
「奴はどこにいった!?」
護衛の叫び声が聞こえる。コウは顔を下げた状態でうまく客の流れに乗り、そのままカジノの外まで向かう。
外に出たコウは周りを見渡し、客の顔を一人一人確認していく。早歩きで去っていく者。車に乗り込んでいく者。目当ての人物を必死に探すが、ダニエルの姿はどこにも見当たらなかった。
「……逃げられたか?」