2-3
手術台に固定され、泣き叫ぶ男。その傍らにはガスバーナーや電動ノコギリを手に持ったフレディの姿。そしてそれらの道具によってもたらされる阿鼻叫喚の地獄絵図。
ファックマンは声にならない悲鳴を上げてその画面を見つめていた。全身がガクガクと震え、浅い呼吸をひたすらに繰り返していた。
しばらく動画を見せた後、フレディはスマートフォンを仕舞い、ファックマンに向き直る。そして静かな口調で語りかけた。
「さて、これで俺の仕事は分かってもらえたな? 次はそっちの番だ。お前の仕事を教えてくれ、ファックマン。誰の指示でこの仕事をやっているのか。聞かせてくれるよな?」
フレディはファックマンの眼を見つめ続ける。もはや顔面蒼白となったファックマンは、たどたどしい口調で話始めた。
「……その、上とのやり取りは……全部ナカヤマが仕切っていて……」
「ナカヤマって誰だよ! この俺が名前だけで手前らの判別がつくと思ってんのか!? 手前ら全員、額に名前でも掘ってあんのか!?」
ファックマンが喋り終える前に、フレディは怒声を浴びせる。ファックマンは泣きそうな表情で悲鳴を上げると、震える手つきでリビングを指差した。
「……リ、リビングにいるはずです! 黒いシャツを着た男です!」
ファックマンは絞り出すような声で言った。フレディとジェイクはリビングを覗き込み、倒れている男達を確認する。その中の一人、テーブルの上で気絶している男が、黒いシャツを着ていた。フレディは満足そうに頷きながら、ファックマンに振り返る。
「なるほど、あいつがシットマンって訳だな」
「え、何?」
「何じゃねえよ、手前! 俺のネーミングセンスがそんなに気に入らねえか!? 手前のアソコ切り落としてケツに突っ込むぞ!」
「ひいいい、ごめんなさい!! あなたのセンスはサイコーです!!」
フレディは荒々しく息を出し、なおも怯えた声を出すファックマンに歩み寄る。そしてファックマンのそばにしゃがみ込むと、その肩を優しくぽんぽんと叩いた。
「まぁ、聞け。散々怒鳴って悪かった。こっちも仕事だからな。必死なんだ。分かってくれ」
突然、穏やかな口調になるフレディ。ファックマンは困惑した表情をフレディに向けた。
「実はな、ファックマン。お前を最初に見た時から思っていたんだが――お前は良い奴だ。最初はただの憶測だったが、実際に言葉を交わして確信した。お前は良い奴だ。俺は今まで色んな人間の口を割らせてきた。だから分かるんだ。そいつが本当のことを言っているのか、はたまた苦し紛れの嘘八百を並び立てているのか。お前は前者だった」
フレディは軽く微笑み、大きく息を吐く。そして言葉を続ける。
「だからこそ、悲しい。俺はボスにこう言われた。『拷問配信を楽しみにしてる』ってな。分かるだろ? これは命令だ。そしてボスの命令を忠実にこなすとすると――お前を拷問配信に招待しないといけないってことだ」
フレディの言葉に、ファックマンの顔が一瞬で青ざめる。震える口で懇願の言葉を吐こうとするが、言葉を紡ぐ前にフレディに手で制止される。
「俺の話を最後まで聞け。いいか、ファックマン。お前は俺に対して、どこまでも真摯だった。はっきり言って、そんなお前を、俺は拷問なんかにかけたくない。だから俺はボスの命令に背こうと思っている」
フレディはそれだけ言うと、持っていた銃をファックマンの額に突き付けた。
「だが、俺が背けるのは半分だけだ。組織を裏切るわけにはいかない。だからな、ファックマン。お前は一切の苦しみも与えずに殺してやる。俺の質問に対して誠実に対応してくれた――そんなお前に、俺が出来るのはこれだけだ。分かってくれ」
フレディの言葉に、ファックマンは涙をこぼしながらうめき声をあげる。フレディはその顔を辛そうな表情で見つめつつ、ゆっくりと目を閉じた。
「さよならだ、ファックマン」
その言葉と同時に乾いた銃声が部屋に鳴り響いた。床一面にどす黒い脳しょうが飛び散り、ファックマンは動かなくなった。
フレディは帰らぬ人となったファックマンを悲しそうな表情で見つめる。そしてその手をそっと手に取ると、うつむきながら静かに祈りを捧げる。
「……すまない、ファックマン。俺達は何か違った形で出会えていたなら、良き友になれていたかもしれなかった……!」
フレディは肩を震わせながら、歯を食いしばる。その頬には一筋の涙がこぼれ落ちていた。
「…………」
ジェイクは大きく煙を吐き出しながら、相棒の背中を見つめていた。やがて短くなった煙草を懐から取り出した携帯灰皿に押し付けると、一呼吸おいて口を開いた。
「もうそろそろいいか?」
「ん? おう、いいぞ」
ジェイクに声を掛けられ、フレディはケロッとした表情で立ち上がった。
二人はリビングまで移動し、テーブルの上で気絶している男を見下ろす。
「よし、さっさと運んじまおう」
フレディはそう言って、男の左足首を掴む。
「えぇっと、何だっけコイツ。シットマン? シックマン?」
ジェイクがそう尋ねながら男の右足首を掴む。
「殺す奴の名前なんかどうだっていいだろ。好きに呼べ」
「それもそうだな。他の連中はどうする?」
「一人いれば十分だ。残りは始末しておこう」
フレディとジェイクは気絶した男の両足を引っ張り、脇に転がっている他の男達の頭に銃弾を撃ち込みながら、部屋の出口へと引きずっていく。
「今何時だ?」
部屋の出口に差し掛かったところでフレディが尋ねる。ジェイクは無言で腕時計を確認する。
「朝の八時」
「ニューヨークとの時差は十三時間だから、ええっと――向こうは夜の九時か」
「これから拷問配信か。楽しみにしてるぜ」
ジェイクはフレディに顔を向けてそう言った。だがフレディは暗い表情で大きくため息を吐いている。ジェイクは不思議そうな表情で尋ねる。
「なんか、あんまり乗り気じゃないみたいだな」
「……あぁ、実はこの前ボスの野郎がよぉ」
「どのボスだ?」
「俺達が今いる組織のボスだよ」
「あぁ、あのハゲな」
「おいこら、ジェイク」
フレディは足を止めてジェイクに向き直る。それに釣られてジェイクの足も止まる。
「ハゲなんて言葉使うんじゃねえ! ハゲは差別用語だ!」
フレディはジェイクを睨みながらそう言った。その言葉にジェイクは呆れたように首を振った。
「それがどうしたんだよ。問題あるか?」
「大有りだ。さっき会話していた時も思ったが、お前はもう少し言葉を選んで喋ろよ」
「別にいいじゃねえか。テレビのニュースレポーターやってる訳じゃねえんだからよ」
「いいや、良くねえ。いいか? 言葉の乱れは心の乱れ。心の乱れは仕事でミスを生む。スペシャリストで在り続けたいなら、そういう言葉は使っちゃいけねえんだ」
フレディの言葉に、ジェイクは不満そうな顔でボリボリと頭をかく。
「じゃあ、この場合は何て言えばいいんだ?」
「生え際に問題があるって言え」
「はいはい、分かったよ。それでそのボスがどうしたって?」
ジェイクの問いに、フレディは、あぁ、と前置きして話し始めた。
「それがよぉ。この前の拷問配信の時、糞野郎を切って刻んで叩いて炙ってってやってたら、ボスがこう言いやがった。『フレディ。俺は料理番組を見せられてんのか? 最近お前の拷問はワンパターンだぞ』ってな」
「ハハハ! うまいこと言うな」
フレディの言葉を聞いて、ジェイクは声を上げて笑い出した。その反応にフレディは激高した様子で声を張り上げる。
「笑い事じゃねえよ! 俺の全身全霊を掛けた拷問を馬鹿にしやがったんだぞ!」
「でも確かに最近似たり寄ったりな責めが多いぜ」
「うるせえ! 手前は俺のガールフレンドか! だいたい前に変わり種を連発してたら、普通にやれとかコメントしただろ、お前!」
「だって、あの蛇責めとかすげえ退屈だったぞ? ず~っと蛇がチョロチョロしてるだけで、全然襲わねえし」
「しょうがねえだろ。蛇があそこまでプロ意識のねぇ生き物とは思わなかったんだ。もう生き物責めは絶対にやらねえ」
「あぁ、でもこの前やってたケツドリル。あれは面白かったな」
「あれか。拡張工事だ~つってな!」
二人はゲラゲラと談笑しながら気絶した男を引きずっていく。階段を降りるたびに、男の頭が鈍い音を立てて階段に打ち付けられていく。
「しかし、最近は良いアイデアが思い浮かばなくてな。何かこう、リスナーを一気に引き込むような――捻りのある拷問がやりたいんだよな」
「だったら、そのまま捻っちまえば?」
ジェイクの何気ない一言。その言葉にフレディは、はっとした表情を浮かべる。
「それだ! そうだよ、何で今まで思いつかなかったんだ。さすが、ジェイク。良いアイデア出すじゃねえか」
「いいのかよ、そんな安直な決め方で」
やがて二人はマンションの入口を抜け、止めていた車まで辿り着いた。
「配信器具や、拷問器具を調達しないとな」
トランクの中に気絶した男を放り込みながら、フレディは言った。
「あぁ、だったらここのガンズヘブンに行きな。銃火器店だが、拷問器具も取り扱ってるし、死体処理なんかのアフターサービスも完璧だ。値はちょっと張るがな」
ジェイクは懐から取り出した店の名刺をフレディに渡す。
「おお、助かる。向こうの日付が変わる前には配信を始めたいからな」
「頑張ってな。お前が情報引き出してる間に、俺はクラブで女でも引っかけてるよ」
「あぁん?」
フレディは鋭い目つきでジェイクを睨む。
「俺がこのファック野郎の拷問に勤しんでる間、手前は女と呑気にファックしようってか? 喧嘩売ってんのか!?」
「俺なりの情報収集さ。情報は酒と女に寄ってくるってな。あとでお前にも回してやるからよ」
「いらねえよ畜生が!」
フレディはそう言って、大きな音を立ててトランクを閉めた。




