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早朝だというのに空港の到着ロビーは人でごった返していた。キャリーバッグを引いた家族連れや、スーツを着た人間等、行先も目的も多種多様であろう。
そんな人の波を背後に感じながら、男は大きく背伸びをし、長旅の疲れを大きなため息と共に吐き出した。ややパーマのかかった短く切った髪と、大きくぎらついた眼。そして白いスーツといった目立つ外見は、否応なしに注目を集めている。
「よう、久しぶりだなフレディ。会えて嬉しいぜ」
そんな白スーツの男に近付いていく一人の男がいた。綺麗にオールバックに纏められた髪と甘いマスク。そしてシワの無いパリッとした黒いスーツに、周りの女性達がチラチラと視線を向けている。
「よう、ジェイク。俺をこんな島国まで呼びつけやがってこの野郎。また一緒に仕事が出来るな」
フレディと呼ばれた白スーツの男は、笑顔を浮かべながら、黒スーツの男――ジェイクに歩み寄り、ハグをした。互いにポンポンと肩を叩く。
「滞在日数は?」
ジェイクがフレディの鞄を持ってやりながらそう尋ねる。
「一ヶ月だ。随分骨の折れる仕事と聞いた」
「なら、観光がてら色々案内してやるよ。日本初めてだろ? 飯もうまいし、女も綺麗だぜ」
二人は並んで歩きながら、路肩に止めてあった車に近付いていく。後部座席に荷物を放り込みつつ、二人は車に乗り込んだ。ジェイクが車のエンジンをかける。
「とりあえずハンバーガー食いてえや」
シートにもたれつつ開口一番、フレディは言った。ジェイクは車を走らせつつ、呆れたように首を振る。
「何で日本に来て最初に食うものがハンバーガーなんだよ。アメリカにもあんだろ? もっと日本らしい食い物リクエストしろよ。ラーメン、寿司、天ぷら」
「俺は飯も女もアジアンは好みじゃねえんだよ。特に日本は何でもかんでもこぢんまりしてて、それが上品だと思ってやがる。俺はどうも、ああいった閉鎖的なメンタルは好きになれねぇ」
「住んで二年になるが、悪くねえぜ? いくつか店と女紹介してやるから楽しめよ」
「間に合ってるよ。それに飯は肉。女は白人と決めてんだ」
「白人女なんて馬鹿しかいないだろ。俺は知的な女が好みだから専門外だな」
「おいおい言葉を慎めよ。お前は相変わらず口が汚いな。ところで今どこに向かってんだ?」
「ん? 仕事場だよ」
ジェイクがそう言うなり、車が停車した。そこは住宅街のど真ん中だった。四階建てのマンションや年季の入った一軒家などが立ち並んでいる。それらを見渡しつつ、フレディは不満そうに顔をしかめる。
「おい、いきなり仕事かよ。まだ朝飯も食ってねえんだぞ」
「これくらい朝飯前だろ?」
「手前、うまいこといったつもりかよ。ちょっと笑っちまったじゃねえか」
二人はそんな話をしつつ、車から降りてトランクを開ける。そこには二丁の自動拳銃が無造作に転がっていた。
「相手は何人だ?」
フレディは銃を手に取り、弾倉を確認しつつ、尋ねる。
「おそらく四~五人。正確な数は分からんが大した人数じゃない。そこのマンションの三階、三号室が奴らの根城だ」
ジェイクも銃を手に取り、スーツの内にしまう。そして二人は並んでマンションの入口へと歩いていく。二人が向かったマンションは五階建てのこぢんまりとした作りで、入口には申し訳程度のオートロックの扉が備えられている。ジェイクはポケットから取り出した鍵で扉を開いた。
「そういや聞いてなかったが、何をやった奴らなんだ?」
階段を上りつつ、フレディが尋ねる。ジェイクは肩越しに返答する。
「シマ荒らしだ。俺らのシマで客を引っかけて移動式風俗やってやがった」
「あぁ、女を車に乗せて、そこに客呼び寄せてって奴か」
「俺ら以外にも色んなとこのシマを荒らし回っている。こいつは完全にルールを理解していない奴の仕業だ。だが仕事の規模からして、バックにでかい組織が関わっている可能性が高い。新興勢力かもな。そこで『拷問屋フレディ』の出番って訳だ」
ジェイクの言葉を聞いて、フレディは大きくため息を吐いた。
「末端からちまちま大本を引っ張り出せってことか? めんどくせえな」
「下っ端の根城を探すだけでも大変だったんだ。知り合いの情報屋に頼み込んで、やっと手に入れた情報だ。うまく有効活用してくれよ」
そこまで言って、ジェイクの足が止まる。目的である三号室に辿り着いたのだ。ジェイクはポケットから部屋の鍵を取り出し、扉を開いた。そのまま当然のように土足で中に入っていく。
「狭いな。日本の家は」
ジェイクの後に付いていきながらフレディが悪態づく。ジェイクは苦笑を浮かべつつ軽く鼻を鳴らす。
「ん?」
その時、奥の部屋から一人の男が顔を覗かせた。ラフな部屋着に身を包んだその男は、鍵の開く音と、こちらに向かってくる足音に不信感を抱き、確かめに来たようだった。そしてジェイクとフレディ、二人の姿を視界にとらえ、その表情が固まる。
だが、驚きの声を上げようと口を開きかけた瞬間、ジェイクの掌底が顎に叩きこまれ、男は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「どうしたっ!?」
男の倒れた音を聞きつけ、部屋の奥から複数の声が上がる。その声を合図に、ジェイクとフレディは部屋の奥へと瞬時に駆け出した。
奥の部屋に侵入した彼らは、室内の状況を素早く確認する。十五畳程のリビングには、手前にキッチンがあり、奥には大きなソファとテーブル。さらに壁かけのテレビが取り付けられていた。そしてソファから立ち上がってこちらに顔を向けている男二人。そして別の部屋に繋がる扉を開けて姿を現している男が一人。
自分が倒すべき相手を認識した二人は、無言のまま二手に分かれ、男達の元へ駆け寄る。ジェイクが向かったのは扉から姿を現した男だった。
こちらに向かってくるジェイクに、男は険しい顔でポケットから折りたたみナイフを取り出す。だが伸ばした腕はジェイクに払われる。さらにジェイクはその腕の肘を一瞬で極め、あらぬ方向へと捻じ曲げた。
骨の折れる音と、男の悲鳴が同時に響く。さらにジェイクの裏拳が顎に叩きこまれ、男は意識を失い、その場に倒れた。
「クソッタレ!」
ソファのそばにいた男二人は銃を抜きつつ、フレディを睨みつける。フレディはソファを飛び越えるように大きく跳躍すると、相手が銃の狙いを定めるより早く、片方の顔面に蹴りをかました。フレディの渾身の蹴りを食らい、男は派手な音を立ててテーブルに倒れこんだ。
さらにフレディは着地と同時に、もう片方に回し蹴りを放ち、構えた銃を蹴り飛ばした。続けて相手の鳩尾と顎に素早く蹴りを叩き込み、よろけたところにローキックを放つ。くぐもった悲鳴をあげながら男が倒れる。そこに素早く近寄り、とどめとばかりにその顔面を思い切り蹴り飛ばした。血や歯がリビングに飛び散り、男は動かなくなった。
「これで全部か?」
フレディは部屋を見渡しながらそう言った。ジェイクは自分の唇の前に指を一本立てながら、近くの扉を指差す。
「まだ人の気配がする」
ジェイクは小さい声で言った。フレディは頷きながら扉のそばまで近付き、銃を構える。




