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「依頼人は、真愛会の支援者でもある野田秀夫氏です。大手時計メーカー、興林工業株式会社の社長さんでもあります」
「依頼の理由は?」
「先程少しお話しましたが、クリスは時計作りが趣味です。出来上がった時計はフリマアプリで販売しているのですが、その時計の出来を野田氏に認められ、会社にスカウトされていたのです。就職先が見つかり、皆喜んでいたのですが、その矢先に突然の失踪。その件で野田氏から問い合わせがあり、ハンターを雇っての捜索をお願いされたのです」
羽山はそう言うなり、懐から厚手の封筒を取り出す。
「こちらが野田氏からお預かりした依頼金――二百万円でございます。どうかお願いです。クリスを見つけてください」
羽山は封筒を机の上に、静かに置いた。レイはそれを受け取り、中身を確認する。
「前金で百だけ頂こう。残りは成功報酬だ」
「おお! ということは!」
「引き受けよう。この情報の少なさでは、すぐに、とはいかないだろうが」
レイは封筒から金を引き出しつつ、羽山から失踪当時の状況を詳しく聞いた。
「失踪する前のクリスの様子を教えてくれ」
「特に変わったことはありませんでした。基本的に黙々と時計を作っているか、たまにぶらりと外に遊びに行くかでした」
「蒸発した父親については?」
「どうでしょう? 父親を捜しに行った、という可能性は確かにありますが、わざわざ黙って姿を消す理由がありません」
「現状では、失踪の理由は分からずじまいか」
レイは小さく息を吐くと、金を懐にしまいつつ静かに立ち上がった。
「話していてもらちが明かん。捜索に取り掛かる。何か思い出したことがあれば事務所に電話してくれ」
レイの言葉に羽山は深々と頭を下げた。
羽山の後ろについていく形で応接室から出たレイはこちらに向かってくるコウに気付いた。子供を両脇に抱えて肩で息をしている。
「あれ、話終わったの?」
全身泥だらけの姿となったコウがそこに立っていた。両脇の子供が悪態をつきながら、じたばたと暴れている。
「あぁ、依頼を引き受けた。一度事務所に帰るぞ」
レイが静かに言った。コウはバツの悪そうな顔で両脇の子供達を開放した。
「子供達の相手をしてくださってありがとうございます。子供達も非常に喜んでいたみたいで」
羽山はコウに深々と頭を下げた。コウはそんな羽山の顔と服装にちらりと視線を送り、苦笑いを浮かべる。
「まぁ、いいってことさ」
コウはパタパタと手を振った。
建物から出たレイとコウはまっすぐ車に乗り込むと、何度も頭を下げる羽山や、手を振る子供達をバックミラー越しに眺めながら真愛会を後にした。車は薄汚いスラムをゆっくりと進んでいく。
「で、どんな依頼だったんだ?」
しばらく走ったところでコウが尋ねた。レイは手短に依頼内容を説明する。
「ただの人探し? それで二百万円はおいしいな」
「ただの家出って話でもなさそうだがな」
レイは羽山から受け取ったクリスの写真を取り出す。
「実質、手掛かりがこの五年前の写真だけだ。せめて失踪の原因が分かればいいんだが」
「十七なんて多感なお年頃だろ。俺もバイクで街から街へ渡り歩いたもんだぜ」
「とりあえず事務所に帰ってからだ。まずは付近の監視カメラの映像を探る」
「しかし、ボロい建物を根城にしてる割に、真愛会はずいぶんと羽振りがいいみたいだな」
コウは呆れた様に息を吐きながら言った。レイはコウに顔を向ける。
「依頼金の出所は支援者の一人だが」
「そっちじゃねえよ。おっさんが話してた、あの男の時計だよ」
コウはそう言って、左手を持ち上げ、軽く手首をくるくると回す。
「スーツはヨレヨレの癖に時計だけは立派な物を付けてたじゃねえか。レトログラードなんて洒落た物、よっぽど儲かってなきゃ手を出さねえだろ?」
「待て。レトログラード? 何だそれは?」
「知らねえのかよ、おっさん。これだからデジタル人間は」
コウは呆れたように首を振りつつ、言葉を続ける。
「あの男が付けてた時計、文字盤が三分の二しか無かっただろ? あのタイプは時計の針が一周しなくて、右端まで針が移動したら一気に左端まで移動するって変わった動きをするんだ。かなり複雑な機構で、その分お値段もお察しってことさ」
コウは得意げな顔で説明する。その言葉を聞いて、レイは顎に手をやり、神妙な面持ちで考え込む。
「あの時計は高いのか?」
レイは静かに尋ねた。
「ん? まぁ、結構良い値段すると思うぜ。ちらっとしか見れなかったが、それでもしっかりとした作りだったし、音も良かった。ありゃクォーツじゃなくて機械式だな。軽く数十万、下手すりゃ数百万クラスの代物だろう」
レイはその言葉を聞いた瞬間、背後からノート端末を素早く手元に引き寄せると、驚異の速さでキーボードを叩き始める。
「どしたの? おっさん」
レイの突然の行動に、コウは眉をひそめる。レイは沈黙したまま、キーボードを操作し続ける。やがてレイの指が止まり、ディスプレイをこちらに向けてくる。
「真愛会は団体の人間が作ったものをマーケットアプリで販売している。そしてあの男――羽山が付けている時計、そしてここに並んでいる時計、全てこの捜索対象の子供が作ったものらしい」
レイの説明を聞きながら、コウはチラリとディスプレイを見る。そしてそこに映し出されている物を見て、驚いた様子で画面を凝視する。
「はぁっ!? なんじゃこりゃ!?」
「おい、前を見て運転しろ」
コウは慌てた様子で顔を前に戻し、ハンドルを握りなおす。危うく対向車にぶつかりそうになっていたのを何とか回避した。
「何だその値段? 桁が二つ三つ間違ってんだろ!?」
コウは思わずそう叫んでいた。レイは覗き込むようにディスプレイを見る。マーケットアプリの商品欄に、羽山が言っていたクリスの時計が並んでいた。どの時計も基本的に数千円程度だった。
「なぁ、おっさん。今すぐそこに並んでる時計、全部買い占めようぜ。機械式でこの値段って、格安ってレベルじゃねえよ!」
「残念ながら全て売り切れだ」
興奮した様子のコウとは対照的に、レイは冷静な様子でじっと商品一覧を眺めた。
「……なるほど。価値を知っている人間からすれば、金の卵な訳か」
簡素なページに並べられたカタログを眺めながらレイは静かにそう呟いた。




