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今いる建物を背景に撮影した物だろう。写真には古びたスレートの前に佇む一人の少年が映っていた。ブロンドの髪を肩まで伸ばし、やや虚ろな青い目をこちらに向けている。目鼻立ちは整っており、髪型のせいか女の子のようにも見える。
「いなくなったのは一週間程前です。どこかに用があると言って出かけていったのを覚えているのですが、それっきり彼から連絡がありません」
「それだけでは何も言えんな。まだその用件が片付いていないのでは?」
「彼はしっかりした子です。長期にここを離れるのならちゃんと連絡するはずです」
「見た感じ、十歳前後といったところか。一人で一週間も姿をくらますのは考えづらいか。何かの事件に巻き込まれたか」
レイは写真をじっくりと眺める。それを見て羽山は困ったような表情を浮かべた。
「あ、いえ、実はその写真は五年前の物でして……」
羽山の突然の言葉に、レイの眉根が寄せられる。
「……今、何と言った?」
レイは低い声で羽山に尋ねる。羽山は怯えた様子で視線をさまよわせた。
「あの、その、この写真の彼、名前はクリストフと言うのですが、写真があまり好きな子ではなくて、まともに映っている写真がここに初めて来たときのこの写真しか無くてですね……」
羽山の額には脂汗が浮かんでいた。それをハンカチでふき取りつつ、言葉を続ける。
「クリスは――あぁ、皆愛称で彼のことをクリスと呼んでいるんです。クリスはちょっと内向的で皆と一緒に何かやるというよりは、一人で何かに打ち込むのを好む子なんです。特に小さい時から機械いじりが大好きで、ここ数年は時計を組み立てることに没頭していまして、専門書を買ってあげたり、プロの時計職人をお呼びしたり――そうそう、この時計もクリスが作ってくれたもので――」
レイが無言で睨んでいることに気付いた羽山は、はっとした様子で口を閉じた。
「現在の姿を予測して探せと?」
レイは低い声で言葉を吐き出す。その言葉に羽山の顔はますます青ざめている。
「その、写真は十二歳の頃で、現在は十七歳なのですが、見た目はその写真の頃のまま成長したような形で、さほど変わっていません。身長は百七十センチ。痩せ型で、髪もこの頃と同じように、肩まで伸ばしていました。父親は日本に出稼ぎに来たオーストリア人で彼に連れられる形で日本に来たのですが、父親が失職後に日本で蒸発してしまって頼る当てもなくこちらに来ることになりまして。彼は基本的に一人でいることを好みますが、別に他人に無関心という訳ではなく、子供達ともよく遊んでくれていたり、真愛会に尋ねてくるお客さんにも丁寧に対応してくれたり。そうそう最近は女の子とも仲良く話してるのをよく見かけて、いやはや隅に置けないなぁと――」
「こちらからいくつか質問してもいいか?」
長々と続く羽山の言葉を、レイが右手で遮った。
「はっはい、勿論です。いや、すみません。つい長々と喋ってしまって。私の悪い癖なんです。私、この仕事をやる前は営業マンだったんですが、その時もついお客さんと長々と喋ってしまって、気付いたら何時間も立っているのに契約は一本も取れていないなんて日常茶飯事で――」
「まず一つ目の質問だ」
レイのやや怒気がこもった声に、羽山は慌てた様子で口を閉じた。レイは小さく息を吐きつつ、言葉を続ける。
「まずこの依頼の理由を知りたい」
「理由――ですか?」
羽山は瞬きをして言葉を繰り返す。レイは小さく頷いた。
「そうだ。真愛会のことは軽く調べた。来るもの拒まずの団体だが、去るもの追わずの団体でもある。金の流れは細かく記録され公表されているが、その使用用途から見るに、助けを望む人間だけを助ける団体だ。団体の外にいる者の積極的な受け入れは行っていない。無頓着な団体と言っていい」
羽山の顔から表情が消えるが、レイは構わず言葉を続ける。
「これまでも団体内で失踪者は何人か出ているはずだ。それに関して、これまで捜索依頼どころか失踪届すら出していない。まぁ、扱っている人間が人間だ。ほとんどが不法滞在者や、その子供――出生届が出ているかも怪しい子供ばかり。あまり表沙汰にはしたくないだろう」
「――お言葉ですが」
羽山はレイの顔をまっすぐに見据え、口を開いた。
「彼らにも様々な事情があります。その国の問題であったり、法律の問題であったり。しかし彼らから学ぶ権利と、労働する権利を奪う資格は誰にも無いはずです。それを奪ってしまっては犯罪に手を染めるしかなくなってしまいます。確かにあなたの言う通り、真愛会に子供を預けている保護者の中には、非合法活動に手を染めている方もいます。しかし彼らとて好きで犯罪に手を染めているわけではないのです。生きるために仕方なく――それでも自分の子供だけは真っ当に生きるチャンスを――そういう思いで真愛会を頼ってくれているのです。私共の支援も十分とは言えないでしょう。それでも手の届く範囲だけは、彼らに真面目に生きていける未来を提供したいのです」
羽山は先程までの態度とは打って変わり、きつ然とした態度で言った。それが彼の心からの本音であろうことは見て取れた。
「そちらの事情は分かっている。それを否定するつもりもない」
レイはすっと目を細め、静かに言った。
「だからこそ――だ」
「だからこそ?」
聞き返す羽山に、レイは小さく頷きながら口を開いた。
「真愛会は団体内の人間のみに徹底して金を使っている。わざわざ失踪した人間に対して、高額で人を雇ってまで探させる余裕は無いはずだ。単刀直入に言おう」
レイは一呼吸間を置いて、言った。
「本当の依頼人は誰だ?」
場にしばし沈黙が訪れる。
羽山の顔には、驚きと戸惑いの二つの表情が見てとれた。レイは口を閉じたまま、そんな羽山を見つめ続ける。
「……どこから――いえ、どこまで知っているのですか?」
レイの視線に耐え切れず、羽山が静かに言った。
「まずは依頼人の素性を聞こうか」
レイは表情を変えず、羽山を見つめ続ける。
「そ、それは……」
「答えられないのなら、この話は無かったことにしてもらおう」
「待ってください! 分かりました。お話します」
慌てた様子で羽山は言った。周囲に視線を送り、小さな声で言葉を続ける。
「ですが、どうかこのことは内密にお願いします。口止めされているのです」
「俺達を何だと思っている。プロのハンターだ。依頼者の守秘義務は絶対だ」
レイの言葉に、羽山はしばらくの間悩んだ様子だったが、やがて観念したように口を開いた。




