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Lawless Hunter  作者: 佐久謙一
第一章 親愛なる依頼人
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1-2



 何とか警官をやり過ごしたコウは、車を約十分走らせ、柏木ハンター事務所の前まで到着していた。

 豆腐にドアと窓を取り付けたようなシンプルなデザインのこの建物は、レイの住居兼、仕事場だ。二階建てで四十坪ほどの建物である。さらにその隣には車が三台は止められるだろう大きなガレージが建っている。このどちらもレイの所有物だ。

 ここは事務所と名乗ってはいるが従業員はレイとコウの二人だけである。コウが所属するまではずっと一人で活動していたらしい。

 コウはガレージの中に車を止めて、その場で大きく背伸びをした。同時に大きなあくびを漏らす。ガレージの中には、何に使うのかよく分からない、妙な部品や謎のパーツが大量に転がっているのだが、また少し増えているような気がした。コウは、それらを横目で見ながら、事務所の方に歩を進める。

 ずっしりとした扉を開き、コウは事務所に入った。靴を室内用の上履きに履き替え、履いていた靴を下駄箱に放り投げる。

 事務所の一階は、依頼人の対応のため、すぐ目の前に応接用の大きなローテーブルとソファが置かれている。天井は吹き抜けになっており、中央脇に二階への階段が設置されている。一階奥には右手にキッチン。左手にはトイレ、バスルームがある。

 コウは軽く辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、ゆっくりとした足取りで二階への階段を上がっていく。

 二階に上がって、まず目の前に飛び込んでくるのが、透明なアクリルで覆われた奇妙な空間だ。その中には、巨大なサーバーと無数のモニターがあり、様々な情報を映し出している。まるで秘密機関の情報部のようなその空間は、レイのパソコンルームだ。レイが事務所にいるときは、大抵この中にいる。他にはレイの寝室と物置があるくらいで、二階のスペースのほとんどを占領しているのがこのパソコンルームだ。

 そしてお目当ての人物はパソコンルーム内のオフィスチェアに腰かけ、一心不乱にキーボードを操作していた。

 コウが軽くパソコンルームの入口をノックすると、その人物は指を止め、体ごと振り返った。

「遅かったな、コウ。時間ギリギリだぞ」

「時間ギリギリってことはセーフってことだな、おっさん」

 コウの軽口に、レイは呆れたように息を吐きつつ立ち上がる。そして軽く腕を持ち上げ、壁に設置されたパネルを操作する。一瞬間を置いて、パソコンルームの扉が静かに開いた。

 ひんやりとした空気がコウの顔を撫でる。パソコンルームの中はサーバー冷却の為に、二十四時間強い冷房が付けられており、半袖では少々きつい場所だ。その為、中から出てきたレイは夏だというのに厚めのレザーコートを羽織っていた。インナーはいつものように黒のタートルネックとコットンパンツ。ベルトには弾薬入れに使っている革のポーチが複数取り付けられている。レイはいつも似たような格好だが、もしかすると服がこれしかないのかもしれない。

「すぐに出るぞ。準備は出来ているか?」

「もっちろん」

 コウはそう言って、ジャケットを開いて見せる。コウの腰の左右には銃の納められたホルスターが装着されていた。普段愛用している八発装填可能な三十八口径リボルバーだ。腰の後ろにはナイフホルダーを一つ取り付けている。

「よし、車を回せ。運転を頼む」

 ホルスターを確認したレイはコートを脱ぎつつ、階段を下りていく。

「ん? 回せって、ガレージにおっさんの車無かったけど」

「今、修理中だ。お前の車に乗っていく」

 レイに続いて階段を降りているコウの眉間に、一気に皺が寄った。

「一応言っておくけど、あれ、俺のプライベート車なんだけどさ」

「足が無いんだ。仕方がないだろう? ガソリン代は事務所持ちにしてやる」

「愛車に男を乗せたくねえんだよ。俺、嫌だよ? シートにおっさんの加齢臭が付いて、せっかく引っかけた女の子に逃げられるの」

「引っかけようとした女に通報されたのはどこのどいつだ。あんまりふざけたことをやっていると首に賞金がかかるぞ」

 レイは階段脇に設置されたコートハンガーにコートを引っかけると、そのままの足取りで事務所の扉を開いた。

「相変わらず情報早いな、おっさん」

 コウの言葉に、レイは背中を向けたまま大きく鼻を鳴らす。

 ガレージに着いた二人は、そのままコウの車に乗り込んだ。コウがハンドルを握り、車を発進させる。

「で、目的地は?」

「少し遠い。車で三十分といったところだ」

 レイが車に取り付けられたナビを操作し、目的地をセットする。すると、突然ナビから甘ったるい口調の女性ボイスが流れ始めた。

『これから一緒にドライブなの? また一緒に入れて嬉しいな。うん、私が案内してあげるね』

 レイの顔が一瞬で強張った。

「……何だ、このふざけた音声は」

「え? ただの声優ナビだけど?」

 コウはさも当然のようにそう言った。

「ラブラブ恋人シリーズ第三弾。セールで安かったから買ってみた」

 コウの説明を聞いてもレイは無言のままだった。車は道路を走り、交差点に差し掛かる。

『ねぇ、次の信号をひ・だ・り。え~ホントだって~。私、あなたに嘘なんてつかないよぉ』

「切れ」

 レイは苛立たしさを全く隠さずに言った。コウは苦笑いを浮かべつつ肩をすくめる。

「俺のプライベート車だぜ? 文句言うのは無しにしようぜ」

「こんなのでよく女を引っかけようと思うな」

「意外に女受けするんだぜ」

 レイは疑いの目をコウに向けるが、やがて諦めた様にため息を吐くと、窓の外に顔を向けた。

『――続いて朝のニュースです』

 声優ナビの合間にラジオのニュースが流れる。

『昨夜未明、会社員の竹本和樹たけもとかずきさんが自宅で血を流して死亡しているのが発見されました。死因は刃物のようなもので刺されたことによる失血死と判明。氏は慈善活動に積極的なことでも知られ――』

 チャンネルを変える。

『現場では暴力団同士の抗争による激しい銃撃戦があったと見られ、警察は情報の公開に踏み切り――』

「相変わらず世界は平和なことで」

 ニュースを聞きながらコウは皮肉交じりにそう言った。レイは無言のまま外の景色を眺めている。

 ナビの甘い声に誘導されるまま、コウの運転する車は繁華街を抜けていく。強く降り注ぐ陽ざしが、これから気温が上がっていくことを予測させ、コウはうんざりしたように息を吐いた。

「もうすぐ夏休みだな」

 突然、レイがポツリと呟く。

「え、うちの事務所にもついに夏休み制度出来たのか。それじゃ、俺九月くらいまで日本脱出してモナコ辺りに――」

「学生の活動時間も範囲も人数も爆発的に増える。稼ぎ時だな」

 コウの言葉を遮りながらレイは言った。その言葉に、コウはシートに深くもたれかかりながら、大きなため息を吐いた。

「はいはい、そうですね。犯罪者にとっても、俺達にとってもね」

 コウの投げやりな言葉に、レイは顔を外に向けたまま、ニヤリと笑った。

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