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行き交う車、行き交う人々、人口の光溢れる夜の街並み。いくつものビルが立ち並び、街はきらびやかな光に包まれている。楽園への入口などとも言われるこの場所は、人工島に立てられた巨大なカジノエリアだ。道行く人々は、未来への栄光を求めて享楽の光の中へと消えていく。そうしたカジノが無尽蔵に立ち並ぶ中に、ひときわ大きく光り輝く建物があった。
『GOLD DESERT』
宮殿の屋根に電波塔を突き刺したようなデザインのその建物は、この地区でも有数の高級カジノホテルだ。出入りする人間も高級なスーツやドレスでその身を着飾っている。
「ターゲットは?」
そのカジノホテルから一ブロック程離れたビルの屋上。そこにはカジノの入り口を双眼鏡で観察している黒ずくめの男の姿があった。足元にはノート端末、そして狙撃銃が設置されている。
『暇だぜ。スロットやってもいいか?』
ノート端末から気だるそうな男の声が流れる。黒ずくめの男は双眼鏡から目を離し、ノート端末を見やる。
「ターゲットは?」
『はいはい、いますよ。奥のテーブルで楽しそうにブラックジャックやってる』
「ハッキングは完了した。目を離すなよ。そのまま待機だ」
男の返答に、端末の奥から不満そうな唸り声が漏れる。
『なあ、おっさん。俺に良い考えがあるんだが――』
「いつも言っているだろう。二度言わせるな。作戦に変更は無い。待機しろ」
端末からの声を遮り、男はそう言った。その視線はまっすぐにカジノホテルの入口へと向けられていた。
「……はいはい、了解」
ホテル一階のカジノエリア。
大きく開けた空間にはいくつものスロットマシンやカジノテーブルが立ち並び、いかにもセレブといった面持ちの人々がそれぞれギャンブルを楽しんでいた。無数の紙幣やコインが行き交うたびに、そこかしこで興奮した声が上がる。人々のそんな一喜一憂が、屋上の巨大なシャンデリアに照らし出され、空間全体が幻想的な光に包まれていた。
そんな中、綺麗に磨かれたスロットマシンの表面に、眉間に皺を寄せた仏頂面を映している男の姿があった。オールバックに纏められた黒い髪と上品な黒いスーツ。一見すると、他の客と同様の上品ないでたちだが、その顔は不満で満ち溢れていた。スロット用の椅子に腰かけたその男は、耳に取り付けられたインカムを取り外し、大きなため息を吐いた。そしてインカムのマイクを口元に近付け、手に持っていたストロベリーシェイクをずるずると大きな音を立てて飲み込んだ。ギャンブルを楽しむ客をぼんやりと眺めつつ、男の視線はカジノエリアの隅の方へと向けられた。
明らかにそのエリアだけ周りと雰囲気が違っていた。
そこのカジノテーブルには白いスーツを着た一人の男しか座っておらず、その傍らにはガタイの良い黒スーツの男が二人立っている。その二人の体格と目つきは明らかにカタギの人間のものではない。
「護衛は二人。十中八九、銃は持ってるだろうな」
インカムを再び耳に取り付け、黒スーツの男は言った。
「しかし、よく呑気にカジノで遊べたもんだな。一応追われる身だろうに」
『そこは奴の親父のホテルだ』
護衛が体の向きを変えたので、視線を合わせないよう体ごとスロットに向き直す。インカムからの返答は続く。
『親父はスペリアスの金庫番、サンドロ・アルレンツォ』
「スペリアスって日本四大マフィアの一つだろ? よく賞金かけるスポンサーが出て来たな」
『サンドロの息子、名前はダニエル。そいつが想像以上の馬鹿だったのさ。白昼堂々、町のど真ん中で人を撃ち殺したんだからな。即座にサンドロが動き、警察の動きを封じることには成功した。だが、奴の犯行自体は目撃者に撮影された映像などで拡散された』
「なるほどね。首に賞金がかかるのまでは阻止できなかったと」
『だが、サンドロは賞金をかけたスポンサーも血眼で探している。下手すれば賞金が取り下げられる可能性もある』
「賞味期限が短いと」
『だからこそ今日確実に捕まえる必要がある。一千万円の大物だ。その場の思いつきで逃げられましたじゃ話にならんからな。分かったな、コウ』
「黙って従えと。はいはい」
黒スーツの男――コウは再びため息を吐きつつ、目的であるダニエルに視線を向けた。
髪はブラウンのオールバック。体格は細いが、貧弱さは感じない。年はまだ二十代前半だろうか。遊び慣れしたような風貌だが、若さ特有の幼さも感じさせる顔付きだ。目的の男は白熱した様子でギャンブルを楽しんでいる。
その楽しそうにはしゃぐ様子を眺めつつ、コウは彼の首にかかった一千万の賞金に思いをはせる。
そう彼らの目的はダニエルの首にかかった賞金。彼らは賞金稼ぎなのだ。