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迷い

 エルランジェ邸へと帰宅する馬車の中で、一人ミレーユは手渡された小瓶と、仮面舞踏会への招待状を見つめていた。


 不妊治療の相談に行ったと思ったら、思い掛けない物を渡されてしまった。

 そもそも、本当にこの薬に効果などあるのだろうか。人の心を操るような怪しげな薬、そんな物を他人に使っていいものか。


 本来ならそれは確実に罪に問われるような行いではあるが、ミレーユとユージオは夫婦であり、閨を共にしていない事の方が問題だった。


 舞踏会の話が出たせいか、ふと頭に過った事がある。ここ一年の間に参加した夜会では、高確率でマデリーンを見かけている。王宮の夜会などでは見かけず、毎回と言う訳ではないが。もしかして、ユージオとマデリーンは事前に出席する夜会を二人で打ち合わせていたのではないか。そう思い始めた。

 今まで参加する事のなかった邸宅で開かれる、夜会への出席も増えた気がする。

 それも、マデリーンが呼ばれても問題のない、格式が高すぎない家での夜会が。


 嫌な事ばかりを想像してしまう。


 そんな浮気相手に夢中な男の心を、薬で一時的に自分に向けたとしても、虚しいだけではないのか。偽りの心なんて。



 **


「お帰りミレーユ。出掛けていたんだね」


 帰宅すると、すぐに出迎えてくれたのはユージオだった。


「え、えぇ……」

「何処に行ってたんだい?」

「えっと、リュシーの所へ……」


 咄嗟にリュシエンヌの名前を出してしまったが、嘘をつきなれていないミレーユは、罪悪感に苛まれそうになる。


「そうなんだ。相変わらず仲がいいね、良かったら一緒にお茶にしないか?」


 了承すると、ユージオはすぐに使用人にお茶の用意を指示した。サロンには二人分のお茶が運ばれ、お茶請けに薔薇や菫の砂糖漬けも用意されている。


 一旦寝室に戻った時に、仮面舞踏会の招待状はドレッサーの、侍女が手にしない箱の中に隠してきた。そして使うつもりが無い、というより使う勇気が無い、惚れ薬が入っているという小瓶は未だドレスに忍ばせてある。



 ゾフィーは薬を、お茶や食べ物に一滴垂らすだけでいいと言っていた。

 一応夫婦なのだから、食事は毎日共にする。しかし、食事は執事が給仕をするし、お茶を運ぶのは侍女。今だって機会があるのかどうか、一応観察してはいるものの、成功するのは難しい気がする。

 ユージオの気を何処かに逸らして、気付かれないように薬を紅茶に入れるだなんて、そんな器用な真似は現実的ではないだろう。


 視界の隅にユージオを捉え続けていると、ふと時計を見ながら何か考え事をし始めた。そんな彼を横目に、咄嗟にユージオの飲みかけの紅茶に視線を移す。


 紅茶を見つめたまま固まっている、一点を見つめ続ける妻に気付いたユージオは「どうかした?」と尋ね、ミレーユは何でも無いと言って、自分のカップに口を付けた。



(やっぱり無理だわ……)


 ミレーユは寝室に戻ると、小瓶は香水瓶の中に紛れ込ませた。


 窓の外は、日が落ちる寸前の茜色の空。


 惚れ薬なんて効くかどうかも分からないのに、変な行動に出て不審がられてはいけない。


 でももし、これが本当に効き目のある薬だったなら……。

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