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助産師ゾフィー

 こぢんまりとしつつも、品の良い屋敷に到着し、恐る恐る降りたった。初めて来る場所はどうしても緊張してしまう。それも診察前とあっては尚更だった。


「ミレーユ・エルランジェ様ですね。こちらでございます」


 使用人に案内され、オーク材の家具で揃えられた部屋に通された。そこにいたのはアッシュグレーの髪に不思議な金色の瞳の落ち着いた女性。若くも見えるし、悠然たる微笑みを浮かべている様は、実に堂々としていて、それなりの年齢を積み重ねているようにも見受けられる。

 貫禄すら窺えるが、決して威圧的には感じない。



「お待ちしておりました」

「どうも……」

「お掛けになって」


 助産師が言うと、使用人が椅子を引いてくれたので、ミレーユは目の前に腰かけた。

 使用人が部屋を出て行くのを待ってから、目の前の助産師は話し始めた。


「ゾフィーとお呼びください。エルランジェ伯爵夫人様。不妊でお悩みとお聞きしましたが」

「えっと……あの……」


 ゾフィーは口籠もるミレーユをじっと見つめる。


「お子様はまだいらっしゃらないとか」

「……その通りです」

「そうですわ、今丁度いいお薬がありますの。貴女にそちらをお渡し致しましょう」


 ゾフィーは一度立ち上がると、小瓶を手に戻り、ミレーユの目の前にそれを置いた。

 小瓶の中には薄桃色の液体が入れられている。


「こちらは惚れ薬とも言います。効果は媚薬にも近いですが」

「惚れ薬っ!?」


 予想外な薬の名称にミレーユはつい声を荒げた。


「これを一滴、相手の食べ物や飲み物に混ぜるだけで、効果が現れます」


 困惑気味に話を聞くミレーユに、ゾフィーはクスリと笑う。


「わたくし、実は助産師の他に占い師をやっておりますの」

「占い……」


 惚れ薬を渡してきたということは、占いか何かの力で、ミレーユの悩みや妊娠しない原因が、不妊以外の事にあると分かったというのだろうか。惚れ薬を渡して来た事を考えると、この僅かな時間で、夫婦間の問題を見抜いたと……。


(そんな……まさか……)


 占いなどにわかには信じられないし、今時オカルトな思考などミレーユは持ち合わせていない。

 だが、確かにゾフィーはミレーユの悩みの種が何か知っている。それが占いやオカルトの力でないにせよ。


 恐る恐る薬の入ったガラス瓶に手を伸ばした。


「今はこれしか用意できないのですが、もしもっと効果をお望みでしたら、パヴァール邸の仮面舞踏会にいらして下さい。

 第二第四金曜に、毎月二度開催しておりますの。貴女は特別にご招待致しますわ」


 ゾフィーの言葉に、ミレーユは翡翠の瞳を瞬かせた。


「仮面舞踏会?……でも、仮面舞踏会なんて。一緒にいく相手もいないですし」

「お一人でのご参加も、歓迎しておりますのよ。こちらが特別な招待状となります」


 言いながら、取り出した一枚の名刺をミレーユの前に差し出す。


「一見単なる名刺ですが、裏の刻印は通常わたくしが使用している名刺とは異なっていて、仮面舞踏会の招待状と、更に奥の間への参加が可能な物となっております。そこで、もっと効き目のある薬をお渡しする事が出来ます」


 名刺を手に取り、裏を確認してみると、剣に蛇が巻きついている刻印がされていた。


 そこで、ミレーユはふと、ある事に気付く。


「あの、お義母様にはこの事は……」


 ゾフィーは、何らかの理由でミレーユが、夫のユージオに閨を拒否されている事を知っている。出来ればまだ、この事は義母には知られたくない。


「ええ、決して口外致しません。信用商売でもありますから、そこは心配なさらないで」


 言い淀み、中で霧散してしまった言葉をゾフィーは的確に汲み取る。ゾフィーのこの返答にミレーユは安堵した。

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