眠れない夜
まるで、ミレーユの方が悪い事をしてしまったかのようなユージオの態度。
自分なんて堂々と、妻以外の女と男女の仲になっている癖に。ミレーユが他の男性と踊ったくらいで、何だというのだ。
胸に苛立ちが募る。
そんな中、不意に強く引き寄せられ、咄嗟にユージオの手を払いのけた。
「いやっ!」
(気持ち悪い……あんな事をしてた手で触らないでっ)
他の女性を触った直後の手で、自分の身体を触れられるのが穢らわしくて、堪らなく吐き気が込み上げてきた。庭園で目撃した光景が蘇ってくる。
勢いよく手を払ってしまった事もあって、力加減など考える余裕すら無かった。
少し心配になってしまったのと、僅かな罪悪感により、恐る恐る隣のユージオの方を向く。
ミレーユは息を呑んだ。
「!?」
夫はミレーユを憎々しげに睨みつけていた。
最近は自分への愛情はなくなったのだろうかと思っていたが、こんなにも憎しみの篭った表情を向けられるとは流石に思わなかった。
家に帰るまでお互い目も合わさず、馬車内は気不味い空気のまま、屋敷へと走り続ける。
馬車が屋敷に到着し、玄関に横付けされてから二人は降り立った。前に立つと扉が開く。屋敷では執事を筆頭に、使用人達が揃って出迎えた。
「お帰りなさいませ、旦那様。奥様」
ユージオは私室に。ミレーユは侍女を連れて夫婦の寝室に入ると、ドレスを脱ぐのを手伝って貰う。浴室で入念に身体を磨かれ、疲れをほぐしてもらう。
亜麻色の髪を乾かし、艶が出るまで櫛でといてから、首筋には仄かに香る百合の香油を少し塗られた。
「奥様、お休みなさいませ」
月明かりと燭台が灯された、部屋の隅に目を向ける。壁にはユージオの私室と繋がる扉。扉は固く閉ざされたまま、長い間使われていない。
この扉が使われなくなって一年は経っている。
何故か夫は夫婦の寝室に来ることがなくなり、ミレーユと閨を共にしなくなった。それでも普段は相変わらず優しかったし、いつもミレーユを気遣ってくれていた。
以前それとなく、ミレーユの方から勇気を出して言ってみても駄目だった。
家族としての優しさを向けてくれるが、女として見られなくなったという事だろうか。
ミレーユは女性としての自信を喪失しつつあった。
そんな折に先程、夫の不貞を目撃してしまった。
相手は元男爵夫人で現在未亡人のマデリーン。
ダークブラウンの髪に、紅玉の瞳の匂い立つような美貌の持ち主。
マンテルラン男爵の後妻であり、その男爵は既に鬼籍に入ってしまわれた。現在は前妻の息子に家督が譲られており、マデリーンは男爵が所有していた王都の屋敷の一つを譲り受けてそこで暮らしていると聞く。
マデリーンは最近夜会でミレーユに、度々話しかけてきていた。それまで特に接点など無かったにも関わらず、不倫相手の妻に話しかけてくるなんて。話し掛けた際の自分の反応を見て、楽しんでいたに違いない。
もしかすると、夫を含め二人して自分の事を嘲笑っていたのかとさえ勘繰ってしまい、心に暗い翳が落ちる。
まだ世間に二人の仲が知られている訳ではない。ユージオとマデリーンの関係を教えてくれたのは、幼少からの親友であるリュシエンヌ。たまたま二人が人目を忍んで寄り添っている所を目撃してしまったと教えられた。
今夜は寝台に横になったまま、今日の出来事やこれからの事を思うと、ミレーユは朝まで寝付けず一睡もする事が出来なかった。