ブノワ邸
エルランジェ邸で過ごしながら、中々思うように事が進まず、鬱屈とした日々を送っていたマデリーン。そんな彼女は度々生家にも足を運んでいた。
最近はマデリーンの父ブノワ子爵が、体調不良を訴えるようになっている。
「父の体調がよろしくないみたいだから、お見舞いに行ってくるわね。お腹の子の経過も知らせないといけないし」
ブノワ家はマデリーンがマンテルラン男爵に嫁いだ後、男爵家からの支援金により事業が回復の兆しをみせていた。
聞いているのか聞いていないのか、気の無い微かな返事をするユージオに背を向けた途端、マデリーンは表情を歪ませた。
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「お帰りなさいませ、マデリーンお嬢様」
すぐに出迎えてくれたのは、この邸で働いている執事。マデリーンが幼少の頃から、そして男爵家に嫁いだ後も、変わらずブノワ家に仕えている。
「ただいま。お父様に会いに来たのだけれど、どちらにいらっしゃるのかしら?」
「旦那様は私室におられます」
「そう、このまま向かうわ」
階段を登り、子爵の部屋に向かっている途中、ティーワゴンを押す侍女が視界に入る。
「それ、お父様へ持って行くの?」
唐突に後ろから声を掛けられ、侍女は驚いた表情を見せた。マデリーンが帰ってきている事をたった今知ったので、驚くのは尚更だった。
「お帰りなさいませ、そうでございます。旦那様のお好きなお茶をご用意致しました」
「私が持っていくわ。久々にお父様にお会いするから、親孝行したくて」
「畏まりました」
侍女はティーワゴンをマデリーンへ譲ると、お辞儀をしてその場を後にした。
ティーワゴンを引いたマデリーンが父、ブノワ子爵の部屋の扉の前へと辿り着く。
その時、扉を開ける前にマデリーンは胸の開いたドレスの胸元へと自分の手を忍ばせる。そしてドレスの中から、小さな小瓶を取り出した。




