毒薬について
頬に触れた手がなぞってくると、ミレーユは羞恥でそっぽを向いた。
「もう……」
そんな様子も愛おしいと言わんばかりに、サイラスは見つめ続けた。
温かいお茶が淹れられたティーカップに口をつけ、ソーサーに置くとサイラスは改めて毒薬について話し始めた。
「この国は毒殺事件が蔓延している事は確かだけど、この件でかなりの大物達が捕まる可能性もあるから、しばらく国内は混乱状態になるのが予想される」
サイラスの言葉に、ミレーユは神妙な面持ちで頷いた。
「それを覚悟の上で、陛下は膿を出し切ると決心されたのですね」
「そうだよ。近年起こっている、毒殺事件で使われている毒は、体内に蓄積していくものでね。即効性がない分、今までは病死と判断されて犯行が分かりづらかったんだ。だけど、解剖した死体からは毒が検出されるから、後に死因を判明させる事は出来る。
その結果毒殺だと判明した遺体が増えてきたんだけど、疑いのある人物の犯行によるものだと、確たる証拠までは中々立証出来ない事が多くて。そこが最大の難点なんだ」
(何故毒なのだろうと思っていたけれど、誰の犯行か分かりにくくするため……)
食べ物や飲み物に含まれる毒を食べた瞬間倒れたのであれば、すぐに毒と分かる。だが時間をかけて複数回毒を摂取させれば、徐々に体が弱っていくので、確かに病気と思われても仕方がない。
殺人犯が裁かれることなく、普通に生活を送っていることに戦慄してしまう。貴族社会に蔓延していることから、夜会などで何食わぬ顔で話しかけて来る人の中にも、罪人がいるのだろう。
「相続の粉と呼ばれるその二つ名の通り、自分に遺産が転がり込む様、邪魔な身内を何人も立て続けに毒殺する者さえいる始末だ。全ての毒殺が遺産目当てとは限らないけどね。
犯人と思われる人物の周りで、不自然なほど人が死んでいたとしても、今まで野放し状態だったんだよ」
「遺産のために身内を……人の命よりお金の方が大事だなんて、信じられません」
そのような心は決して理解出来ないし、理解したいとも思わない。心を痛めるミレーユに、サイラスは穏やかな声音を落とす。
「あまりミレーユをこの件に巻き込むのは得策ではないような気がしたけど、既に巻き込んでしまっているからね、怖がらせてごめん」
「殿下はお忘れでしょうか?私が自分から首を突っ込んでしまったこと」
ミレーユは言いながらも苦笑気味となる。
今思い返しても仮面舞踏会の前後は、自分でもどうかしていたと思うほど、斜め上の行動力を発揮していた。
それが結果舞踏会でサイラスと鉢合わせし、エルランジェ邸を出ることとなり、そして婚姻関係を解消する迄に至ったなんて。
いつだって運命の歯車は、自分の意思を無視して急に回り始める。




