新たな訪問者
――母は俺の事をいずれ王になるのだからと、他国の優秀な血筋を持つ姫君との婚約を目論んでいた。
今は母は儚くなり、王位には予定通り兄上が就いた。もう俺には何のしがらみもなく、ようやく最愛の人に長年の想いを伝える事が出来た。
ガラス窓から見える日が落ちてきた庭園は、見頃となった季節の花々が鮮やかに咲き誇っている。
チェロの演奏を終え、その後も軽く楽器を触りながら他愛のない会話でお互い笑いあった。
リュシエンヌ達と合流するため、部屋を出る前にサイラスは再びミレーユに告げる。
「想い悩んでいる時に、自分の想いを伝えてしまってすまない。今すぐ答えが欲しい訳ではなく、全ての問題が片付いてからゆっくり考えてくれていい。子供の頃からずっと好きだったんだ。ミレーユの為ならいくらでも待てる。今日の事は、頭の片隅にでも置いてくれたら嬉しい」
夫に閨を拒否され、愛人との不貞まで目撃してしまったミレーユ。妻として、女性としての尊厳を踏みにじられ、もう一生愛される事はないと思い込んでいた。そんな自分が、誰かから思いを告げられるなんて思ってもいなかった。
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サイラス達がラコスト邸を訪れた二日後。
この日邸には別の客人が訪れていた。
シモーヌ・エルランジェ伯爵夫人。姑であり、ユージオの母。
サロンに通されたシモーヌは、ミレーユと向き合って互いに長椅子に座る。
「ミレーユ、体調を崩してこちらに帰ったと聞いたけど、お身体は大丈夫なの?」
「はい。勝手な事をしてしまって、申し訳ございません」
いつミレーユが実家に帰省した事を、義母が知ったのかは分からないが、知られてしまった。
(お義母様はマデリーンの事はご存知なのかしら……?)
ミレーユが質問を躊躇していると、代わりにシモーヌが口を開く。
「ねぇ、ミレーユ。これはわたくしの勘なのだけれど、あなたもしかして妊娠しているのではなくて?」
「え?」
思いがけない言葉に一瞬呆気に取られてしまった。だがすぐに、義母の期待を裏切ってしまう自分に気付くと、途端申し訳ない思いが込み上げてきた。
「いいえ……違うのです。お義母様」
「本当に?では、どうして帰ってしまったのかしら。体調が優れないのが理由と聞いたけれど、他に理由があるのかしら?」
「それは……」
「ミレーユ、貴女マデリーン・マンテルラン元男爵夫人をご存知?」




