目撃②
驚き、それ以上に恐怖に身を固くする。夜会の時の庭園は男女の逢瀬に使われる事が多いと聞く。こんな所にいたせいで、何か勘違いされてしまったら……。または、このまま押し倒されて茂みに引き摺り込まれてしまったら。
夫の不貞を確かめるべく、庭園に来てしまったけれど、たった一人で来るべき場所ではなかったのかもしれない。
何をされるか分からない。恐ろしさが頭を占めた途端、身を守るべく相手を振り払おうとするも、当然男の腕力には敵わなかった。
それどころか耳殻に唇を寄せられ、ビクリと反応してしまう。
「しっ、見つかってしまうだろ?こんなところで盗み見なんて、大人しそうな見た目をして意外だな」
「放って……おいて……っ」
涙が溢れ、視界がぼやけて相手の顔もよく見えなかった。そんなミレーユの様子に虚を衝かれたのか、男は力を緩めた。
涙を拭い、無視してホールに向かって歩き出すと、僅かな距離を保ったまま何故か男も後ろから付いて歩いて来る。
(しつこい……)
「ホールに入るの?よかったら踊らないか?」
「放っておいてって言ってるでしょ……」
振り向きざまに男を見ると、ミレーユは彼の顔を見るなり息を呑んだ。
サラリと流れるような艶やかな黒髪に、ロイヤルブルーの瞳。整った鼻梁の美しい顔立ち。スラリとした長い手足の長身。
ミレーユは彼の名前を知っていた。
サイラス・ヴォルティエ公爵。
「今泣き顔で戻ったら、皆に色々勘繰られてしまうよ?涙が引くのを踊りながら待たないか?それなら皆に顔を見られずにすむだろう」
「……」
(私はさっき夫の不貞を目撃したばかりなのに、 人の気も知らないで、こんなにも爽やかな笑顔を浮かべて言ってくるなんて。良い性格してるわ)
彼、サイラス・ヴォルティエは先王の第三王子であり王弟。先王の最初の妃が亡くなり、二番目のお妃様が産んだ三番目の王子である。
サイラスの母としては、息子を何としても王位に就けたかったみたいだが、兄二人はとても優秀な上に健康。当然のように王太子は長子に決まり、現国王の座に収まる事となった。
即位してすぐ国王陛下である兄王から、サイラスは公爵位を賜った。