ギャロワ邸③
「一応普通に会話はしてくれますが、勇気を出して寝室で一緒に休みましょうって言ってみても駄目で……。一度強めに誘ってしまったことがあるんです。そしたら、とても不機嫌になられてしまって、しばらくの間も気不味くて。それからは歩み寄る事も諦めてしまいました」
サイラスは時折辛そうに話すミレーユの言葉を、黙って聞いている。
「リュシエンヌがたまたま夜会の時に、ユージオとマデリーンがテラスで抱き合ったり、口付けているのを見たらしいんです。その後二人は休憩室に入っていったそうで……。教えて貰って私も夜会時に夫をつけてみたら、二人は夜の庭園で情事にふけっていました」
「二人の関係は俺も確認している」
あの夜ユージオとマデリーンの庭での不貞現場を見ていたのはミレーユだけではなく、二人を監視していたサイラスも目撃している。
夫の不貞現場を見ていたら、真後ろにサイラスがいるという想像もしない状況だった。
「嫌な事を言わせてしまってすまない」
「いいえ」
俯きながら首を左右に振り、意を決して今一番引っかかっている考えを、言葉にする事にした。
「あの……夫も……毒を私に使うつもりなのでしょうか?好きな人と一緒になりたくて、わたしの事が邪魔だから……!」
「ミレーユっ」
取り乱すミレーユの肩にサイラスが触れる。気付けばエメラルドの瞳からは、一粒の雫が頬を伝っていた。
「またユージオが昔に戻ってくれたら、今迄の事を許して、夫婦として彼と向き合っていく覚悟はありました。
でも、このまま二人の思い通りに殺されるのだけは絶対に嫌。殺すくらいなら離婚してくれたらいいのに……」
「エルランジェ伯爵の関与については、調査を急ぐようにしよう。それで、君は夫を愛してるのか?」
「分かりません……。家族としての情なら確かにありましたが、蔑ろにされた期間が長すぎて……もう自分の気持ちすら分からないんです」
ミレーユが力無く答えると、サイラスはミレーユを抱きしめた。
「ミレーユ、君の事は絶対に殺させない。それに、君を大切にしてくれなかったエルランジェ伯爵を、俺は許さない」
「殿下?」
「君が婚約したのを聞いた日はショックだった……。それからは話しかけるのも辛くて。こんな事ならもっと、早くに話を聞いて君の力になってあげるべきだった。すまない」
「え、サイラス殿下!?」
戸惑うミレーユに反して、サイラスの抱き締める力はより強くなった。
(それって……?)
その言い方はまるで……。真意を確かめる前に、ミレーユの体から温もりは離れていった。
サイラスは自分を慰める意味で、そのようなことを言ったのだろうか。このまま縋れたら楽になれるかもしれない。一瞬過ってしまった思いを、ミレーユは必死に打ち消した。
サイラスに縋ってしまっては、自分もユージオと同じになる。自分が現実から逃げるために、他人を利用してはいけない。
そう自分を奮い立たせた途端、ミレーユから完全に身体を離したサイラスは、真っ直ぐに目を見て告げる。
「オズインも言っていたが、身の危険を感じるようであれば、今夜はここへ滞在するように。すでに手配もすんでいる。
そして明日からは、実家に身を寄せるなりするかして、今後の事を考えていこう。俺達も調査を急ぐ」
「ありがとうございます」
ミレーユの実家は家族仲が良く、両親は自分を迎え入れてくれる事は分かっている。
それでも他家に嫁いだ自分が嫁ぎ先に戻らず、実家に身を寄せるのは世間的にもあまりいい事ではない。サイラスが調査を急ぐと言ってくれているのも、時間が限られていることを意味する。
「エルランジェ伯爵が無実の可能性もあるが……」
「はい。例え夫が無実であったとしても、危険人物と愛人関係にあるのだから、私としても言い分はちゃんとあります」
自分には悠長に考えている暇はない。どのような結果になろうと、今後の事を自分で見据えなければならない。
この日はギャロワ邸に一泊だけさせてもらい、次の日の昼過ぎに実家へ帰る事となった。
両家には既に連絡が行っており、実家も了承済みである。
どうしても体調が回復せず、一度実家で養生するという旨を書き添えて、エルランジェ邸へと手紙が届けられた。




