疑惑
仮面舞踏会から二日後、ミレーユ一人きりでの晩餐を食べ終わると、ユージオが帰宅したためエントラスへと出迎えに行った。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「そういえば、舞踏会に行ってたんだって?」
「ええ」
「後で寝室に土産のお酒を持って行くから、待っててくれないか?」
どうしたのだろうかと、ミレーユの頭に疑問が浮かぶ。食卓に着く時間などは今でも共にしているが、閨を共にしなくなってからは、ずっと寝室に入る事すら拒否していたというのに。
お酒はそんなに得意ではないミレーユだが、昔はユージオによく付き合っていた事を少し懐かしく思った。
寝室へ戻って待っていると、自らお酒やグラスを持って来たユージオが、それらをテーブルに並べてくれて二人で長椅子に腰掛ける。
「これは口当たりが良くて、女性でも飲みやすいらしいんだよ」
「そう」
普段はワインが好きな彼だが、ミレーユが飲みやすいように果実酒を持ってきてくれたらしい。目の前のグラスに、シャンパンゴールドの色をしたお酒が注がれて行く。
「飲んでみて」
グラスを持って口を付けると、甘い桃の香りがした。
(前に私がお茶を持っていった時とは反対ね)
あの時は確か、ゾフィーから貰った薬を入れるならこのタイミングだ、という考えが自分の脳裏に過った事を思い出す。
(薬……そういえば、マデリーンは毒を……)
夫を毒殺した疑惑のあるマデリーン。先日も毒を買い求めようとしていた。そんなマデリーンと深い仲の夫ユージオ。
マデリーンは誰に毒を使うつもりであの夜、仮面舞踏会に参加していたのだろうか。
(もしも、マデリーンはユージオの妻になりたいと思っていたとしたら……。それには私が邪魔……?)
途端いつかの夜に、馬車内でユージオが向けたミレーユへの、憎しみの篭った眼差しがフラッシュバックする。
(ユージオもマデリーンを妻にしたいのに、私が邪魔だからずっと憎んでいたの……?)
ずっと閨を拒否する夫に疑問だったが、自分ではなく愛する女性を妻にして、その人との子供が欲しかったから?色んな事が繋がっていきそうで、その考えに行き着いた途端、口を付けたままのグラスを持つ手が震えてくる。
(もしかして……このお酒の中には……)
「うっ……」
込み上げてくる不快感で口を塞ぎ、お酒を口に含む事なく、グラスをテーブルに置いた。
「どうした?」
「き……気分が……っ」
背中を丸めて俯くミレーユの顔を覗き込み、ユージオは驚き目を見張った。
「顔が真っ青じゃないか!?使用人と医者の手配を……!」
「ごめんなさいっ、横になったら治ると思うから……大丈夫……」
呼び鈴に急いで手を伸ばす夫をミレーユは止めようとする。だが、ユージオは躊躇なく呼び鈴を鳴らした。
やって来た使用人に、妻の体調が悪い事を伝えると、ミレーユは慌てて取り繕うとする。
「大丈夫……。少しだけ休んだら湯浴みをして横になるから、折角お酒を用意してくれたのに……ごめんなさい」
「そんな事はいい。それより、君の体調が……」
「ユージオも今日帰ったばかりなのだから、もうゆっくり休んでください。もし風邪なら移したら悪いし……取り敢えず今は少し一人で休みたいの」
「……分かった。出来るだけ安静にするように」
頑なな妻を見て困惑したユージオは嘆息すると、一人でゆっくりしたいと言うミレーユの意見を尊重した。




