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思い掛けない人と

「ミレーユ、俺だ。分かるか?大丈夫だから、何もしないから落ち着いて」


「……サイラス……殿下?」


 王弟、サイラス・ヴォルティエ公爵。その人の声だった。声に気付き仮面の奥のロイヤルブルーと目が合い、艶やかな黒髪に視線が行った。仮面をしていても分かる端正な美貌。彼に間違いない。


 サイラスに連れられ、取り敢えず誰もいない休憩室へと行く事になった。ユージオではない男性と二人きりで休憩室なんて、普段なら考えられない事だ。

 多くの女性が憧れる美男子と、密室で二人きりの状況。そんな事よりも、この心拍数の異常の原因は、完全に二階の部屋での恐怖体験の所為であった。


 休憩室の長椅子に、二人腰掛けるとサイラスは意を決して話し始める。


「君はさっき、階段から降りて来たね?」

「は、はい……」

「慌てて降りてきたようだけど、上で何をしていたの?」

「えっと……それは……」


 二階での禍々しい人々を思い出し、ミレーユは俯いた。


「仮面舞踏会や、二階の集まりには、よく参加しているのかな?」

「ち、違いますっ。今夜が初めてで!」

「ミレーユは、二階がどういった集まりか、知ってて参加した?」

「し、知りません!私は以前助産師の元へ、不妊の相談に行った時に、何故かここの招待状を貰って……それで、ここでも薬を貰えると聞いて」

「不妊……?」


 デリケートな問題なので、不妊について触れないよう思案してから、サイラスは尋ねる。


「それで、求めてる物が手に入りそうだったのかな?」


 手に入るかどうかは分からない。あまりの恐ろしさに、急いで部屋を後にしたのだから。

 震えるミレーユを見ながらサイラスは、自身の黒の仮面を外す。その表情は冷たい仮面とは対極の穏やかな優しい眼差しで、ミレーユを映している。


「ごめん、怯えさせたいんじゃないんだ。不安そうにしているミレーユを、安心させてあげたいんだけど……何か、怖い思いをしてしまったのかな」


 安心させるように、優しい声音が降ってくると同時にミレーユの方に、手が伸ばされる。

 サイラスの長い指がゆっくりとミレーユの仮面を外す。


「……は……い。怖くて、兎に角二階の部屋から出ないとと思って……」

「そうか」


 サイラスは穏やかな眼差しから、表情を引き締めて話し始めた。


「実は俺は、この邸で行われている事について調べにきている。仮面舞踏会にはなんとか入り込めたが、二階には行けなくてね。もう少し詳しく話してくれるかい?」


(王弟である彼が、調査に……)


 先程までの不安と恐怖で潰されそうだった心が、一気に軽くなった気がした。彼ならきっと、信頼出来る。


「二階の部屋にいた参加者が、毒を……毒薬を貰いに来たって言ってて、相続の粉って言い方をしていたわ。後、助産師のゾフィーが……胎児を使って生贄にするって……」


「毒に悪魔崇拝か。悪魔崇拝に至っては、オカルトの領域だが……ここ何年か、この国では毒と思われる不審死が非常に多くてね。それを調査していてここに行き着いたのだが、助産師か。後の参加者は仮面で分からないよね?」


「一人だけ分かります……。前マンテルラン男爵の奥様のマデリーン……」

「それは、間違いないのかい?」

「ええ。髪の色も、瞳の色も声も。確かに彼女でした」

「彼女の事はよく知っているのか?」

「夜会で挨拶を交わす程度です……それと、彼女は夫の……」


 少し躊躇してからその言葉を紡ぐ。


「愛人だと思います」

「こんな事言わせてごめん……」


 戸惑うサイラスに、ミレーユはクビを横に振り、はっきりと告げる。


「いえ……それより、犯罪を犯す方々を取り締まって頂きたいと思っております。私も出来うる限りご協力致します」


「ありがとう、ミレーユ。君のお陰でかなり調査が進みそうだよ」


 少し微笑むサイラスに、ミレーユも安堵の表情を浮かべると共に、些細な疑問が浮かんだ。


「それにしても仮面を着けた状態だったのに、よく私って気付きましたね」


「君の事は昔から知っているからね……」


 言いながら、はにかんだサイラスの表情はいつもより幼く見えた。

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