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仮面舞踏会の夜

月に二回開催されているというパヴァール邸の仮面舞踏会。


第二金曜はユージオが邸にいたので、行く事が叶わず、そして同じ月の第四週目。

夫ユージオは狩猟に出かけて、少しの間邸を留守にするという。ついに、仮面舞踏会に行くチャンスが巡ってきた。


一度もゾフィーから貰った薬を使えないままなのに、より効き目のある薬を求めてどうしたいのか。ミレーユはそう自分の心に問う。


今の興味は、薬よりも仮面舞踏会の会場にある。普段は決して足を踏み入れる事のない場所へ行く事で、何か新しい世界を見られるのではないか。

今までは婚約者を親が決め、家と夫に尽くし、女主人として申し分無いように努めようと、努力してきた。そんな自分が本来なら行くはずのない仮面舞踏会に夫に内緒で行こうとするなんて。


行くと決めた時から不安もあるが、好奇心と少しの期待で心に妙な騒めきが増して行く。


ユージオのいない今、二日前に急遽舞踏会に行くことを告げたミレーユに、最初使用人達も驚いていた。


当日になり、ローズピンクと黒バラのレースがあしらわれた、レースレイヤードオフショルドレスを選んだ。以前に作って貰ったものだが、派手すぎるような気がして、袖を通したきりだった。腕には黒レースのグローブを併せる。



夜になり、馬車に揺られていると期待よりも緊張が増して来てしまった。一人で舞踏会に参加するなんて、初めての経験なのだから、多少の不安は当たり前であり、今更引き返す選択などない。馬車から降りると、手にしていた仮面を顔に着けた。



「これを……」


入り口に立つ使用人に、ゾフィーの名刺を見せる。


「確かに、確認いたしました。中へどうぞ」


本当にこれで入れるのかと、少し不安に駆られたがすんなりと会場の中へ入れる事となった。

仮面を着けることにより、不安な表情を読み取られないという安心感が得られたのは、小さな発見だった。


そしてホールへと足を踏み入れた瞬間、ミレーユは息を呑んだ。


昼間かと錯覚するほどの明るさを、シャンデリアや燭台で演出した会場では、仮面を着けた多くの人々で既に賑わっていた。


仮面舞踏会だから当たり前なのだが、皆仮面を着けて誰が誰か分からない。

普段の格式ばった物とは違い、この場の雰囲気はとても異質で別世界に誘われたようだった。


着けている仮面も様々で、顔全体を覆った物や、目元を隠すよう鼻から上のみを覆った物。素材も装飾も羽根や薔薇を飾った物など、それぞれが独自のファッションを楽しむことにより、統一感のなさが物語や絵本の中に迷い込んでしまったかのように錯覚してしまう。


仮面以外で、一つ多くの共通点がある事と言えば、何故か女性招待客の肌の露出が通常より多い事。


女であるミレーユですら、目のやり場に困ってしまうほどで、素性を隠した者達が、羽目を外して遊ぶ背徳めいた空間なのだと理解する。


しかし誰も自分の事を知らないこの場所は、何て自由なのだろうと不思議と開放感に満たされていた。



ミレーユとしては、この場の雰囲気を味わうだけで満足であり、積極的に交流する程の勇気もない。取り敢えずお酒を手に取り、壁の花となって、ダンスに興じる人々を眺めていた。


仮面舞踏会の様子を堪能すると、ミレーユは意を決して歩き始める。すると……。


「良ければ踊りませんか?」


銀色の仮面に、緋色のマントを羽織った紳士が声を掛けてきた。顔が仮面で覆われているが、まだ年齢が若い事は分かる。


「ごめんなさい、先に予約がありますの」

「残念。また後でお声を掛けさせて頂いても?」

「ええ、その時はお願い致しますわ」


声をかけて来た紳士を躱すと、ミレーユは一旦ホールを出た。

奥の部屋で以前ゾフィーから貰った薬よりも、効果の高い薬が貰えるという。


(貰うだけよ……薬はきっと使わない)


薬そのものより、ゾフィーという女性そのものに、ミレーユは興味を抱いていた。

自分でも、その理由が何か分からない。

占い師でもあるという彼女には、何でも見通されてしまうような気がしてしまう。


廊下を進み、階段前にいる使用人に声を掛けて、再びゾフィーの名刺を見せる。


「確認出来ました。どうぞ階段を登って、二階の右側一番奥の部屋になります」


教えられた部屋にたどり着くと、この部屋の中にも結構な人数がいる事に驚いた。

部屋に入ってすぐに立ち尽くしていると、後からぶつかってきた人がいた。


「あら、失礼」


ぶつかって来たのは女性で、一言いうと部屋の奥へと進んでいく。


「!?……い、いえ……」


ミレーユは辛うじて返したが、心臓は一気に心拍が跳ね上がった。


ピアノ、フルート、ヴァイオリンなど音楽の天才と名高い母親の演奏をお腹の中にいる時から聴き、自身も小さな頃から母親に習っていた。


そのおかげか、人よりかなり耳がいいと自負している。知っている人間の声なら、顔を見なくとも誰か当てられる自信がある。


先程の女性の声はマデリーンの物にとても似ていて、驚いて振り向くと、仮面に覆われていない鼻や口元。そしてダークブラウンの髪や、仮面の奥から覗く特徴的なルビーの瞳も、マデリーンの物と同じ色だった。


(マデリーン……!?何故マデリーンがここにいるの!?もしかして、ユージオもここに!?)


ミレーユの心臓は早鐘を打ち続けていた。

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