コント『給食費が盗まれた』
〇学校の教室を想定。上手側に黒板があり、その前に先生が立っている。下手側には机と椅子があり、生徒が座っている。
※先生=ボケ 生徒=ツッコミ
先生「みんな静かに。これから帰りの会を始める。が、その前に……。知っているやつもいると思うが、今日、このクラスでとても悲しいことが起こった。安田の持ってきた給食費が盗まれたんだ。先生は悲しい。このクラスに泥棒がいるなんて。でも、きっと盗んだやつもほんの少し魔がさしただけだと思うんだ。先生は犯人を見つけてつるし上げようとは思わない。いいか? 全員、目を瞑れ。先生がいいと言うまで目を開けるんじゃないぞ?」
〇生徒、目を瞑って下を向く。
先生「全員、目を瞑ったか? いいか? 絶対に目を開けるんじゃないぞ?」
〇先生、一呼吸おいて……。
先生「……まさか、このクラスでこんなことが起こるなんてな。安田から給食費が盗まれたと聞いたとき、先生は耳を疑ったよ。でも、紛れもない事実なんだ。安田は確かに給食費を持ってきていた。それが、三時間目の体育が終わった後にカバンを確認してみるとなくなっていたそうなんだ。お前たちはもう五年生だ。やっていいことと悪いことの区別くらいつくだろ?」
〇生徒、目を瞑ったままで……。
生徒「あの、先生?」
〇先生は気付かず喋り続ける。
先生「先生は、悲しいし恥ずかしい。一体、誰がこんなことを」
生徒「あの、先生? これ、手を挙げさせないんですか?」
先生「先生は信じられないよ」
生徒「犯人に手を挙げさせる流れで目を瞑らせたんですよね?」
先生「このクラスでこんなことが起こるなんて」
生徒「これ、目を瞑らせるタイミング間違ってないですか?」
先生「でも、人間だれしも魔がさすってことはある」
生徒「まだ手を挙げさせないなら、目を開けてもいいですか?」
先生「先生にも、そんな経験がないわけじゃない」
生徒「先生?」
先生「でも、安田はこのクラスの仲間だぞ?」
生徒「先生、もしかして目を瞑らせたこと忘れてます?」
先生「仲間の給食費を盗むなんて、最低だと先生は思う」
生徒「忘れてますよね? 全然手を挙げさせる気配ないですもん」
先生「安田のお父さんお母さんの気持ちを考えてみろ」
生徒「手を挙げさせないなら、目を開けますよ?」
〇生徒、恐る恐る目を開ける。
先生「こら! 目を瞑れって言っただろ! 先生はな、犯人をこの場でつるし上げる気はないんだ!」
生徒「す、すみません!」
〇生徒、再び目を瞑る。
先生「いいか? 給食費なんてたかが数千円だと思うかもしれない。でもな、それは安田のお父さんとお母さんが、一生懸命働いて得たお金なんだ。お前たちはまだ働けないから分からないかもしれないけどな、お金を稼ぐというのは、ものすごく大変なことなんだぞ」
生徒「でもまだ手を挙げさせようとしない……。え、なにこれ? なんで僕たち今目を瞑らされてんの?」
先生「でもな、先生は犯人を憎いとは思わない。さっきも言ったけど、魔がさすということはあるんだ。こんな言葉がある」
〇先生、黒板に『罪を憎んで人を憎まず』と板書する。
生徒「え? なんですか? 何か黒板に書いてるんですか?」
先生「この言葉、知ってるやついるか?」
生徒「いや、今はさすがに目を開けていいですよね? じゃないと分からないもん」
先生「こらあ! 目を開けるな!」
生徒「ええ? 今も駄目なの?」
先生「先生、言ったよな? いいと言うまで目を瞑っておけって! ちゃんと聞いてなかったのか? こら、安田!」
生徒「安田くん、被害者なのにめっちゃ怒られてる……」
先生「いい言葉だよな、この言葉は。先生もまったくその通りだと思う。昔の人は偉いよな」
生徒「なんなんですか、この仕打ち? いつ手を挙げさせるんですか?」
〇先生、いったん上手袖にはけ、しばし沈黙が流れる。
生徒「……え、先生、どっか行きました? 帰った? もしかして帰った?」
〇先生、菓子パンを持って再び登場。パンを食べながら喋り続ける。
先生「な? むにゃむにゃ……、このクラスにだって、むにゃむにゃ……、根っからの、むにゃ、悪人はいないと思う、……むにゃむにゃ」
生徒「何か食べてます? え、絶対何か食べてるじゃん!」
SE:チャイムの音
先生「ほら、もう下校時間だ。みんなも早く帰りたいだろ?」
生徒「早く帰りたいし、目を開けたいです」
先生「先生だって、まだ職員室で仕事が残っている。でもなあ、犯人が正直に名乗り出ないことには帰りの会を終わらせることはできないんだよ」
生徒「だから早く手を! 手を挙げさせれば終わるんです!」
先生「……みんな、目を瞑れ」
生徒「さっきからずっと瞑ってます!」
先生「いいか? いいと言うまで開けるんじゃないぞ?」
生徒「もう、それいいから早く手を挙げさせましょ!」
〇先生、ひと呼吸おいて……。
先生「先生はなあ、本当に悲しい」
〇生徒、目を開けて勢いよく手を挙げながら……。
生徒「僕です! もう耐えられない! 僕がやりました!」