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異世界恋愛のまとめ

白豚聖女は追放されようにも太りすぎてドアから出られない

作者: 狭倉朏

「出てけー!」


「無理でーす!」


 教会の一室から叫ぶ肌の白い聖女が一人。

 聖女マリアンヌは両手にイモを握り締めながら、痩せ細った神官長へそう答えた。


「もうお前の食費で我が教会の経営はボロボロだ!!」


「そう言われましても……」


 のっそりとマリアンヌはベッドから立ち上がった。

 ドシンドシンと足音が響く。


「……ドアから出られません……」


 暴飲暴食を繰り返したマリアンヌは豚のように肥え太り、その横幅はドアの幅を大きく超過していた。

 最近では聖女の勤めである守り石への毎日のお祈りも部屋からやる始末だ。


「痩せろー! この白豚ー!」


「無理でーす!」


 マリアンヌは食べるのが大好きだ。

 実家の伯爵家にいた頃からぽっちゃり体型だった。

 それでも実家は2階建てで私室も2階だったので、毎日の階段昇降は日課だった。

 ついでにシェフが有能だった。少ないカロリーでマリアンヌの腹を満たす料理を作り続けてくれた。


 そんなある日、マリアンヌのもとに教会から迎えが来た。

 貴族の子女から聖力の高い女子、次代の聖女を探しに来たのだ。

 いっぱい食べていたのが功を奏したのだろうか?

 マリアンヌの聖力は桁外れだった。


 しかし、教会の食事は粗食だった。

 マリアンヌは腹を満たすため、ひたすら食べた。

 神官長たちもまあ、聖女のためだから……と容認していた。


 ついでに教会でマリアンヌに与えられた部屋は1階だった。


 そしてマリアンヌは1ヶ月前に高熱を出した。

 高熱を出して部屋にこもっても、食欲は落ちなかった。

 部屋にこもって食べて、食べて、食べて、食べた。


 マリアンヌはぽっちゃりを通り越し、おそろしく太り、そして部屋から出られなくなった。


「出てきなさい、マリアンヌー!」


「無理なものは無理ですー!!」


 神官長と不毛な言い合いをしているうちに、マリアンヌはまたお腹が空いてきて、とりあえずイモを食べきった。


「……分かった。もう分かった。こうなっては仕方ない。……お前には飢え死にしてもらう」


「あはは、ご冗談を!」


「冗談ではない」


 神官長の目は本気だった。


「……え?」


 マリアンヌは青ざめた。


「今後一切の食事をマリアンヌに与えることを禁ずる! 朝食のオレンジジュースと適度な水のみで生きるが良い!」


「そんなあ!?」


 マリアンヌは悲鳴を上げた。




 その日から、地獄のような生活が始まった。


 マリアンヌは毎朝のオレンジジュースと水だけを口にすることが許された。


「……死ぬ。飢え死にする……」


「マリアンヌ様、まだ絶食半日目です」


 冷徹に教会の世話役のジョセフィーヌが告げた。

 ジョセフィーヌは60歳のいかめしい顔をした女である。


「どうして私がこんな目に……前世で何か悪いことでもしたのかしら……」


「太っているのは完全に今世での行いです」


「もうこなったらお祈りをサボってやる!」


「……マリアンヌ様、日々のお祈りは豊穣を祈るための大切なものです。あなたがサボれば、田畑は荒れ、国民の口に届く食料はとても少なくなり、人々は飢えに苦しみます」


「だ、ダメダメ! そんなの絶対ダメよ!! 餓えなんてこの世で一番苦しいものだわ!」


 マリアンヌは非常に慌てた。

 これでお祈りの意義が国王陛下の健康長寿のため、とかだったら本当にお祈りを辞めていたかもしれないが、誰かが餓え死ぬと聞けば、黙ってはいられなかった。


「お分かりいただけてよかったです」


 にこりともせずにジョセフィーヌは頷いた。




 2日目。


「死ぬー!!!」


「まだ死にません」


 ジョセフィーヌはきっぱりと言い放った。


「無理ー! イモー! パンー! お菓子ー!!!!」


「はあ……」


 ジョセフィーヌはため息をついた。




 3日目、マリアンヌは完全に沈黙した。


 ジュースの支給とお祈りのときだけヨロヨロと部屋の入り口まで出てきたが、それ以外はベッドの上にい続けた。




「……神官長、そろそろ限界だと思われます」


 ジョセフィーヌは神官長にそう進言した。


「まだだ、まだ、マリアンヌには痩せてもらう」


「……そうですか……」


 ジョセフィーヌはため息をついた。




 4日目、マリアンヌはオレンジジュースのときですら部屋の入り口まで来なかった。

 お祈りのときだけ死力を振り絞り、這うように入り口まで来たが、祈ると彼女は部屋の床で力尽きた。


「…………」


 マリアンヌの祈りに応えて光る守り石を手にしながら、ジョセフィーヌはマリアンヌを見下ろしていた。




 そして5日目、神官長の悲鳴が教会にこだました。


「何だお前らー!?」


 神官長の悲鳴を無視して、轟音が鳴り響き始めた。

 床に醜く転がっていたマリアンヌが轟音に顔を上げると、部屋の外に接している壁が叩き壊されるところだった。


「……何ー!?」


 マリアンヌは悲鳴を上げた。


「ツルハシを振り上げろ!」


「ハンマーを叩きつけろ!」


「教会の壁をぶち壊せ!」


「太った聖女を追放しろ!」


「ごめんなさいー!?」


 とうとう自分は追放されるのだ。

 しかもこんな乱暴な手法で。


 追放されてどうしたら良いのだろう?

 こうも肥えた自分では実家の門もくぐれまい。

 自分の行き先はどこだろう?

 それとも豚と見間違われて火炙りにでもされてしまうんだろうか。


 マリアンヌが混乱していると、教会の壁は完全に倒壊し、久しぶりの外が丸見えとなった。


「いたぞ! ぽっちゃり聖女だ!」


「ぽっちゃり……ぽっちゃりかな、あれ……」


「さあ引っ張りだせ! 太陽のもとに引きずりだせ!」


「乱暴はやめてええええ!?」


 思ったよりは丁寧にマリアンヌは外に運び出された。

 5人がかりでも運べなかったので荷車に載せられた。

 久方ぶりの太陽の光がまぶしかった。

 マリアンヌの部屋は北向きだった。


 しばらく日光を浴びていると肉の焼ける匂いがした。


「……ごはん?」


 肉の焼ける匂いは自分からした。


「私は豚じゃないですー!? 燃やさないでー!?」


 しかし体に特に火はついていない。

 太陽の光で急速にマリアンヌの脂肪は燃えていった。


「なんです!? 太陽ダイエット!?」


「やはり呪いだったか……」


「!?」


 太陽に脂肪を焼かれながら、声の主を振り返ると、そこには見覚えのある青年が白馬に乗っていた。


「で、殿下!?」


 聖女任命の際に王族代表として参列した第一王子ステファンの姿がそこにはあった。


「マリアンヌ……君が急激に太ってしまったのは、この国に飢餓をもたらそうとする悪魔の呪いだったんだ」


「え!? じゃあ私がぽっちゃりだったのも!?」


「いや、それは生まれつきと日頃の行い」


「あ、はい」


「そして君を太らせ、部屋に幽閉し、お祈りを途絶えさせようとし、あまつさえ聖女を餓死させようとした悪魔の正体は……神官長! あなただ!」


「くっ……」


「そんな!? あんなにいつも優しくて、私がお腹を空かせてたらバターたっぷりのケーキをこっそり食べさせてくれた神官長が!?」


「うん、そこらへんがもう怪しいからね」


「おのれ……」


 神官長は低い声を出した。

 その声にマリアンヌはビクリと体を震わせる。


「バレてしまっては仕方ない。貴様ら全員道連れの地獄行きだ!」


「きゃー!?」


 神官長の体が変形し、角が生え、羽が生えた。


「嘘ー!?」


「マリアンヌ様!」


 ジョセフィーヌの声に振り返ると、彼女は守り石を振りかぶるところだった。


「ジョセフィーヌ!?」


 守り石はマリアンヌの額に激突した。


「痛い!?」


「マリアンヌ様! 守り石に祈るのです! 守り石は天下泰平の世では豊穣をもたらすのみですが、外敵現れた時には魔を退ける力を持ちます!」


「初めて聞いたんですけど!?」


 戸惑いながらもマリアンヌは守り石に祈りを捧げた。


「お腹すきましたー!」


「マリアンヌ様ー!?」


 あまりの空腹に祈りより欲望が先立った。


 守り石が光り、空から巨大な皿が落ちてきて、神官長、いや悪魔を押しつぶした。


「うぎゃあああ!?」


 悪魔は悲鳴を上げ、消えた。


 皿には鳥の丸焼き、ハムの盛り合わせ、みずみずしい野菜、多種多様なチーズ、色とりどりのソース、たくさんのデザート……この世のありとあらゆるごちそうが載っていた。


「わあい!」


 マリアンヌが飛び上がり、すっかり彼女からしてみれば軽くなった体で、駆けだそうとすると、後ろからステファン王子が彼女を抱き止めた。


「で、殿下!?」


 胸が高鳴った。

 ステファン王子はマリアンヌの耳元で囁いた。


「……聖女任命の儀のときよりは太ったね、マリアンヌ。ダイエットは継続だ」


「そんなあ!?」


「解体職人の皆さん! ご苦労さまでした! どうぞ神の恵みをお召し上がりください! ご家族にも街の皆さんにもどうぞ!」


 ステファンの許諾にハンマーやツルハシを持った解体職人たちが楽しそうにごちそうに群がった。


「私の……ごちそう……」


 マリアンヌは手を伸ばして涙を流した。




「ひい……はあ……ふう……」


「ほら、がんばれマリアンヌ!」


 王城の中をマリアンヌとステファンが走っている。

 マリアンヌは汗だく。ステファンは余裕の表情だ。


 あの後、守り石は王城に移管された。

 マリアンヌとジョセフィーヌも王城に移り住んだ。


「今日も鶏ささみが待ってるぞ!」


「うう……」


 マリアンヌはせめて伯爵家を出た頃のぽっちゃり体型に体を戻すため、日々努力をしていた。


「さあ、水分を取って!」


「ごくごくごく……」


「ほら、ジョセフィーヌが見えてきた! バナナと干し芋が君を待ってるぞ!」


「鳥……バナナ……干し芋……」


 マリアンヌの死にかけた瞳に光が灯る。

 彼女はジョセフィーヌ目掛けて、走る速度を上げた。




 王城のあずま屋で、お茶会というにはあまりに異様なメニューを程々の量与えられながら、マリアンヌはため息をつく。


「それにしても、ジョセフィーヌが王城と通じてたなんて……」


「私は陛下から教会の視察を頼まれ、忍び込んでいました。ここ十数年、聖女の早死が続いていたので、不審に思っていたのです」


「私も死ぬかもしれなかったのかあ……」


「そうですね。もしも、オレンジジュースと守り石、オレンジジュースを優先してたら見殺しにするところでした」


「ひっ!?」


「……君は祈り続けた」


 ステファンが鶏ささみを食べながら微笑んだ。


「この国の民が餓死しないよう、君は祈り続けてくれた」


「飢えるのは……苦しいです」


 マリアンヌは昔、隠れん坊で壁の隙間に挟まり、半日出られなくなったときのことを思い出していた。

 たった半日だったけど、マリアンヌに飢餓を味わわせるには十分な時間だった。


「空腹は辛くて、悲しくて、大変です。それを私の祈りで防げるなら、私はいくらでも祈ります」


「それでこそ、聖女だ」


 ステファンはマリアンヌをまっすぐ見つめた。


「こんな素敵な聖女が早死しないよう、健康な体を作らないとね」


「……あの、でも、私、元々骨太(ほねぶと)だし、産まれたときからふくよかだったし、どんなにがんばってもぽっちゃりまでにしか戻れないと思います……」


「それでもいい、それがいい。鶏ガラみたいになったマリアンヌなんて、俺だって見たくないよ」


「殿下……」


「マリアンヌはぽっちゃりくらいが一番可愛いと思うよ」


「あ、ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にしてうつむくマリアンヌにステファンは優しい目を向けていた。

 ジョセフィーヌは自分がお邪魔虫なことに気付いて、立ち上がった。


「お茶のおかわりをお持ちします」


「あっ、ジョセフィーヌ! ま、待って……」


 ふたりきりのあずま屋で、マリアンヌは気まずく沈黙した。

 ステファン王子とは今のところダイエットの話しかしていない。

 日常会話はてんでダメだ。


 沈黙。沈黙。沈黙。


「あ、あの! 殿下!」


「なんだい?」


「……あの、ええと、その、私……私が、標準のぽっちゃりに戻れたら……」


「うん」


「お、お、お、お友達になってもらえませんか!?」


「……とっくにお友達のつもりだったけどね……」


 ステファン王子は思いがけない言葉に苦笑いすると、マリアンヌのふっくらとした手を取った。


「じゃあ俺からも、お願い」


「はい!」


 ステファンはマリアンヌの手に口づけを落とした。


「……よろしければ、私と婚約していただけませんか? マリアンヌ嬢」


「……え?」


「あなたのその真っ直ぐさが、楽しそうに食事をとる様が、一生懸命ダイエットするところが、俺は大好きだ」


「……よ、よろしくお願いします……」


 マリアンヌは白い肌を真っ赤に染めてうなずいた。

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[良い点] ハッピーエンドで良かったです。 [一言] 楽しく読ませて頂きました。 程よいダイエットは大事ですね。
2020/10/07 18:51 退会済み
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