#60 怪しげな少女
雲ひとつなく晴れ渡ったある日のこと――。
桜は満開の時期は通り越したものの、まだ元気に花は咲いていた。
星奈、日向、月美の3人は朱雀町の隣町である青龍谷のとある桜が咲き誇る場所へとやって来ていた。
いつもなら人がいっぱいいるのだが、今日だけは全然人がいない。
でも、星奈たちにとっては好都合であった。
なぜなら――。
「ミミ、出ておいで」
「レレ、出てきなさい」
「ララちゃん、出てきてもいいよ」
3人それぞれの鞄からピョコっと顔を出す3匹。
「「「うわあぁぁぁ――」」」
目の前に広がったピンクの景色に3匹は目を輝かせたのであった。
この前のお花見でミミたちも連れてきてあげたかったのだが、さすがに家族の前でスピリット・アニマルをお披露目するわけにはいかなかった。
でも、3人はどうしても3匹にこのきれいな桜を見せてあげたかった。
なので、日を改めて3人と3匹でお花見をしようということになったのだった。
3匹は心を弾ませながら地面へと降り立った。
敷き詰められた花びらを踏む感覚は今まで感じたことがないぐらいにふわふわとしていたのだろう。
今まで見たことがないぐらいに大はしゃぎをする3匹――。
また、風に揺られた桜の花びらがふわりふわりと宙を舞っていた。
ミミはその花びらをとるために、これまた周りを見ることなく走り回った。
「ちょぉぉぉ!!そっちはダメ!」
警告と共に、急いでミミを抱き上げる星奈。
おかげで、その花びらは地面に落ちてしまった。
「ホシナ、何するでしゅか!!」
「川に突っ込もうとしたミミを助けただけですけどぉ?!」
ミミは改めて自分が走っていこうとした先を見てみた。
すると、あるところを境に桜の道がベルトコンベアのように動いているではないか――。
理由は、そこが川だからである。
大量の桜の花びらが浮かんでおり、まるでふかふかのじゅうたんを思い起こさせるが一度足を踏み入れてしまえば身体中びしょびしょである。
「ねぇ、ミミ。桜を見るのは初めて?」
「――見たことはあるでしゅ。でも、こんなにたくさんの桜を見たのは初めてでしゅ!」
ミミは目を輝かせてはいるが、その尻尾は垂れ下がっていた。
言葉とは裏腹に、きっとモノクロにされた故郷を思い出して寂しくなってしまったのであろう。
「また、一緒に桜を見れる日が来ると信じてるでしゅ――」
「なんか言った?」
「何でもないでしゅ!」
ミミは星奈の胸に顔をギューッと押し付けた。
目にうっすらと涙が浮かび上がっていたのだが、あえて星奈はそれに触れずにそっと抱きしめてあげた。
「星奈、そのままミミを隠して。誰かがこっちに来る――」
日向の言う通り、人が1人こちらへと歩みを進めていた。
きっと、桜を見に来たのであろう。
だが、それにしてはなんだか様子がおかしい――。
これだけきれいに桜が咲き誇っているのでそれを見ながら歩みを進めてもいいはずだが、目の前から歩いてくる人物はただまっすぐ前を見つめて川沿いを歩いているだけだった。
しかも、歩き方も一歩一歩踏みしめるような感じで――。
距離が徐々に縮まり、その人物が少女だということも分かった。
なんか、その少女の視線が星奈の方へ向いている気がするのは気のせいだろうか――。
そのわりには、目の前の星奈が見えているのだろうかと疑いたくなるぐらいに一心不乱に川沿いを歩く少女――。
避けてくれそうにもないので星奈はミミを抱き抱えて、その場から移動しようとした。
だが、そうはさせまいと言わんばかりにガシッと腕を掴まれた。
――えっ?
掴む力は少女のものだとは思えないほどに強かった。
このまま骨でも折られてしまうのではないかという恐怖にも襲われた。
「それ、探してた――」
少女の視線は完全にミミの方へと向いていた。
ミミの身体がひどく震えているのが伝わってきた。
ミミはぬいぐるみのふりをしているので、少女からは身動きひとつしていないように見えるはずだが――。
もしかして、相手はモノクロームだろうか――。
だったら、この少女から離れないと――。
と次の瞬間、身体が急に傾いた。
少女が星奈を道連れに、川へ身体を倒していたのだった。
「えっうそぉぉぉ?!」
「星奈!」
「星奈ちゃん!」
日向と月美はすかさず星奈を助けようと手を引っ張ったのだが、少女3人でもこの少女の力には勝てなかったようだ。
ザッパーンと大きな音を立てながら4人仲良く川の中へと姿を消してしまった――。
まずはじめに、日向と月美が顔を出した。
桜の花びらのせいで底が見えなかったが、思った以上にこの川が浅かったのが不幸中の幸いであった。
「つきみん、大丈夫?!」
「えぇ大丈夫よ。ひぃちゃんも怪我はなさそうね」
そう言ってお互いの姿を確認した後、急に2人は笑い始めた。
「ひぃちゃん、桜まみれ」
「つきみんこそ人のこと言えないから」
桜で埋め尽くされた川へとダイブした2人の頭や肩には大量の花びらが乗っかっていた。
「ぷはぁーっ!死ぬかと思ったぁ!!」
少し遅れて星奈が顔を出した。
星奈にも目立った外傷はないようで、同じく桜まみれだった。
「星奈ちゃん、大丈夫?!」
「大丈夫大丈夫――。それよりミミは?!」
先ほどまで抱き抱えていたはずのミミの姿が見当たらなかった。
川に落ちた衝撃で投げ出してしまったのだろうか――。
「レレもいない!」
「ララちゃんも!」
急いで周りを探すもレレもララも見当たらない。
まだそう遠くには流されていないはずだし、もしかしたら上流の方に投げ出したかもしれないからそのうち流れてくるかも――。
そう思って後ろを振り返った瞬間、髪で顔を隠した人が立ち尽くしていた。
「「「で、出たぁぁぁ!!」」」
3人は驚きのあまりしりもちをついた。
――これって、あの井戸から出てくる。
――ハロウィンにはまだ早いし、こんな昼間っから出てこなくても。
――ってか、そもそもあの人って何で井戸から出てくるんだっけ?
「ララちゃんがいる――」
ふと、月美が呟きながら目の前の人物を指さした。
その人物はミミ、レレ、ララを抱き抱えていた――。
「うそでしょ――」
日向はポツリと呟いたが、星奈は何を言うことも出来なかった。
スピリット・アニマルを奪われてしまったら変身すら出来ない。
――お願いだから来ないで!!
しかし、彼女たちの想いが伝わることもなく、目の前の人物は一歩足を踏み出した。
そして――。
「げほっげほっ――。おえっ――」
アホみたいにむせ始めた。
「もう何なんのよ――」
そして、顔を隠していた長い髪の毛をかきわけた。
先ほどの少女であった。
「ここ、どこ――」
少女はうっとうしそうな顔で周りを見渡してみた。
透き通った青い空、ピンクに染まる木々や川――。
加えて、ひらひらとピンクの花びらが風に揺られて舞う景色を見て一言――。
「きれい――」
視点を移せば、目の前にはなぜか全身桜まみれでびしょ濡れの少女が3人――。
よく見れば、自身も桜まみれでびしょ濡れなことに気が付いたのだろう。
そして、後生大事に桜まみれのぬいぐるみを3体抱えていることも――。
「――嘘でしょ」
傷心した少女は全身から力が抜け落ちてしまったのだろうか――。
腕がダランと垂れてしまい、重力に従うかのようにミミたちは水中へ投げ出されてしまったのだった。
「うおぉぉぉい!!」
星奈たちは急いで水中からミミたちを掬いあげるが、少女は完全に無視――。
「ミミ、大丈夫?!怪我はない?」
星奈が声をかけるもミミからの返事がない。
もしかして、目の前に見知らぬ人がいるから頑張ってぬいぐるみのふりをしてくれているのだろうか――。
「もうぬいぐるみのふりはしなくていいよ、レレ」
日向が声をかけるもレレからの返事もない。
というか、なんかぐったりとしているような――。
「ねぇ、ララちゃんの身体が冷たい気がするんだけど――」
月美の言う通り、ララの身体は完全に冷えきってしまっていた。
季節は春で陽射しが暖かくても、濡れた身体に風が当たれば一気に体温をもっていかれてしまう。
ミミたちの小さな身体ではすぐに体温が下がってしまったのだろう。
早く温めてあげないと風邪をひいてしまうかもしれない。
「くしゅん!」
それは身体が大きい星奈たちも例外ではなかった。
「何これ――。何があったの――」
3人を川の中へ落としておきながら、なぜかテンパる少女――。
しかし、これはこれで好都合だ。
この少女は確実にスピリット・アニマルを狙っていた。
おそらく、セピア・キングダムからの新たな刺客であろう。
スピリット・アニマルがこんな状態では変身すら出来ない。
だったら、逃げるなら今しかない――。
「逃げるよ、つきみん、星奈」
そう言って、日向は逃げる気満々だったのだが――。
「お姉さん、大丈夫ですか?!」
「怪我はしていませんか?!」
星奈と月美は普通に少女に話しかけていた。
「ちょっと何してるのよ?!」
「決まってるじゃん!お姉さんの心配だよ!」
「そいつはレレたちを狙っていたのよ!万が一、ベガたちの仲間だったらどうするのよ?!」
「だからって、このお姉さんを放っておくわけにもいかないじゃん!逃げるならひぃちゃん1人で逃げればいいよ!」
「分かったわよ!もうどうなっても知らないんだから!」
「星奈ちゃんもひぃちゃんも喧嘩は後にしてよ!お姉さん、お名前は分かりますか?」
「・・・」
ダメだ――。
完全に傷心しきってしまっているのか、周りの声が聞こえていないみたいだ。
「愛華ちゃん?!」
ふと、川岸の方に目を向けると別の女性が目を丸くしてこちらを見ていたのだった――。




