#55 突然の別れ
「アペス!よかった――。本当によかった――」
アペスが無事に目を開けたことが嬉しくて、アピスはアペスをギュっと抱きしめた。
「――アピス、なの?」
「あぁそうだよ――」
アピスの目からは涙がこぼれ落ち、アペスの顔に何滴か落ちた。
「どうしましたの?そんなに泣いて――」
「君、モノクロームになっていたんだよ。覚えていないの?」
やはり、先ほどのモノクロームの正体はアペスだった。
しかしアペスは何も覚えていないのか、どこを見ているのかも分からずただボーッとしていた。
「――アピスが助けてくださいましたの?」
アピスは静かに首を振った。
「クールナイツが君を助けてくれたんだ。俺はただ彼女たちを援護していただけ」
アピスたちは与えられた鍵を使ってモノクロームを生み出すことが出来る。
しかし、一度モノクロームを生み出すと自分たちの力でそれを消すことは出来ず、モノクロームはずっと世界をモノクロに変え続ける。
モノクロームの浄化はクールナイツにしか出来ない。
なので、アピスはクールナイツにこう持ちかけた。
『俺がアペスの動きを止める。しかし、それには影が必要だ』
だから、日没までが勝負だったのだ。
クールナイツは必死でモノクロームを追いかけた。
しかし、俊敏に動くモノクロームに追い付けはしなかった。
如何にも無力なクールナイツの姿を見るのはモノクロームにとって楽しかったのであろう。
ずっと、彼女たちのことばかり気にしていた。
だからこそ、背後に構えていたアピスの存在には気づかなかったのだろう――。
アピスはモノクロームの影に自身のモノクロームを植え付け、動きを止めることに成功した。
そして、見事クールナイツによってアペスにとりついたモノクロームは浄化されたのであった。
「アペス。あの日、君に何が起こったんだ?やっぱりモノクロームが暴走したのか?」
「あの日、私にモノクロームを植え付けた人がいますの――」
やはり、アペスは自らモノクロームになったわけでも、モノクロームに呑み込まれたわけでもなかった。
「君にモノクロームを植え付けた奴は誰なんだ?!」
「私ね、さっき懐かしい夢を見ましたの」
アピスの質問を無視したアペスは、アピスの胸に顔を押し付けた。
「あの日、あなたがいなければ私の命はとっくになくなっていたでしょうね」
「急に何を言い出すんだよ――」
「あなたのおかげで今日まで生きることが出来ましたわ。本当にありがとう」
「急に改まってどうしたのさ?君らしくないよ?」
やはり、アペスはアピスの問いには答えなかった。
その代わり、目から大粒の涙を流したのだった。
「ねぇアピス、あなたは私の分まで強く生きてね――」
「いきなり何を言い出すんだよ――」
目を開けているのが辛いのか、アペスの目はゆっくりだが閉じられようとしていた。
「ねぇ嘘でしょ?少し疲れただけでしょ?」
「えぇ、すごく眠い――。目を開けるのも辛いですわ――」
「一緒にパンケーキを食べようって約束しただろ?まだまだ君を連れていきたい場所があるとも言っただろ?」
「えぇ、言っていましたわね――。約束を、守れなくて、ごめんなさい――」
アペスは目を閉じて、最期にニコッと笑って見せた。
そして、その微笑みのまま動かなくなったのだった――。
「あ゛ぁぁぁぁぁ!!」
アピスはアペスをこれでもかというほどに抱きしめた。
あの日、蜜蜂座から逃げ出せば幸せな生活が出来ると信じていた。
だけど、逃げた先でも幸せとは言い難い生活が待っていた。
モノクロームが人々を襲う姿を見て、ハエ座の兵が蜜蜂座の住人を襲う姿を思い出した。
その度に、涙があふれだしそうになった。
あれこれ命じてくるハクとコクの姿を見て、ハエ座の兵からの拷問を思い出させた。
その度に、吐き気が止まらなかった。
だけど、それでもいつかは幸せな生活が出来ると信じて従ってきた。
家族との約束を果たすために――。
「みんなで助けようって――。みんなでアペスを助けようって約束したじゃないか!!どうして、どうして――」
アピスはクールナイツ3人を睨み付けた。
涙でぐちゃぐちゃになったその目で――。
そんなアピスの嘆きを、クールナイツの3人は少し離れた場所から聞くことしか出来なかった。
「誰が、アペスも倒せと言ったよ――」
――分かってる。
彼女たちはただモノクロームを浄化しただけだ。
アペスはクールナイツの攻撃に耐えられなくて力尽きたのではない――。
おそらく、モノクロームにとりつかれたときからじわじわと体力を奪われていたのであろう。
――クールナイツは何も悪くない。
そんなことなど分かりきっていたはずなのに、クールナイツに八つ当たりをしてしまった。
そもそもの原因はアピス自身ではないか――。
あの日、家族と約束したはずだ。
たとえ相手が女性であっても絶対に見捨てるようなことはするなと――。
なのに、胸騒ぎがしたというのにアペスを1人で行かせてしまった。
あの時、アペスの反対を押しきって一緒についていけばこの最悪の事態を免れたかもしれないのに――。
「ごめん、アペス――。全部、俺の責任だ――」
アピスは白い鍵を手にした。
2人を見守っていたクールナイツ3人はアピスが何をしようとしているのかが一瞬で分かったのだろう。
同時にその場から駆け出すのが分かった。
しかし、時すでに遅し――。
アピスはすでにその鍵を自身の胸に差し込んでいたのだから――。
それでも、諦めの悪い笑顔の騎士はアピスの腕にご自慢のヨーヨーを絡ませてきた。
だが残念ながら、たとえ腕を拘束されたとしても指さえ動けば鍵を回すことはできる。
そう思っていたのだが、気がつけばその鍵が手元から無くなっていたのだった――。
――!!
さっき、笑顔の騎士からヨーヨーを巻きつけられた拍子に落としてしまったのだろうか――。
いや、だとしたら鍵を落としたときに何かしらの音が鳴るはず――。
それに、視界に入る範囲にその鍵も見当たらない。
いったい、どういうことなのだろうか――。
「お探しの代物はこれでしょうか?」
声がする方に顔を向けると、そこには顔を狐のお面で隠した人物が立っていた。
そう、シスターである。
シスターは持っている鍵を見せびらかした後、これ見よがしにそれを力強く握りつぶしたのだった。
「何してくれるんだよ――。シスターのくせに勝手なことしやがって――」
「申し訳ございません。しかし、あなたまで失うわけにはいきませんので――」
「それが余計なお世話だと言ってるんだよ!!」
「――とりあえず、帰りませんか?ハク様とコク様もお待ちですよ」
シスターはアピスの手をとったが、アピスはその手を勢いよく払いのけた。
「しかたありませんね――」
シスターは大きくため息をついた。
そしてその直後、アピスの首元に何かを刺したのだった。
――!!
その何かが、モノクロームの鍵ではないことだけは分かった。
その証拠に身体がモノクロームに支配される気配がないのだから――。
もしかして、言うことを聞かない子にはお仕置きという感じで何か尖ったものを当てただけなのだろうか――。
だとしたら、シスターはいったいアピスのことをどれほどの子供だと思っているのだろうか――。
とりあえずこのままでは埒があかないと考えたアピスは、ゆっくりと立ち上がろうとした。
しかし、そんなアピスに突然のめまいが襲ったのだった。
そしてそのまま地面へと倒れ込んでしまい、その拍子にアペスも投げ出してしまった。
アピスは必死に立ち上がろうとしたのだが、手足が痺れてうまく動かすことが出来なかった。
それに、呼吸も少し苦しい気がした。
息を深く吸っても肺にうまく補填されない――。
そんな感じがしたのだった。
「俺に、何をした――?」
「チューリップの毒を少しだけ。大丈夫――。毒性は弱いのでしょう?」
確か、チューリップの毒はツリピン――。
皮膚に着くと皮膚炎を起こし、食べると嘔吐や血圧降下、呼吸困難を引き起こすと学んだ。
ツリピンを利用したハチミツを作ろうと思って、その花粉を部屋に置いていたのだが、まさかこのシスターはその花粉を――。
アピスはシスターを強く睨み付けた。
「さぁセピア・キングダムへ帰りましょう?」
シスターはゆっくりとアピスに手を伸ばしてきた。
そして、毒で動けないアピスは何の抵抗もできないままシスターによってセピア・キングダムへと連れ帰られたのだった――。
チューリップって毒なんてあったんですね・・・。




