#52 とある少女の記憶(その1)
蜜蜂座――。
見渡す限り色とりどりの花が咲き乱れており、それはそれはとてもきれいな星でした。
また、この星ではたくさんの者が幸せに暮らしておりました。
そんな星に住まう者には大きく2つの使命が課せられていました。
まず1つ目――。
この星を1人で統べる女王に、咲き誇る花の蜜を献納すること――。
理由は分かりません。
しかし、だからといって異を唱える者は1人もいませんでした。
もう1つは護身術を身につけること――。
どうやら自分の身は自分で守らねばならないというのが女王の考えらしいのです。
だけど、いつ自分たちの身に危険が迫ることがあるというのでしょうか――。
しかし、護身術を身につけて困ることは何もありませんでした。
だから、異を唱える者は1人もいませんでした。
そんな星で生まれ育った少女がいました。
名をアペスといいました。
毎日毎日、女王のために働き、また自分を守るために護身術を習い、自由なんて何一つない生活でした。
そんな生活を数百年ほど続けてきましたが、仲間たちと一緒にずっと同じ生活をしていたので不思議と苦ではありませんでした。
ただ、1つだけ不満があるとしたら髪色が皆同じということでしょうか――。
アペスは黄色の髪に黒色のメッシュが入っているのですが、仲間たちも皆その髪色だったのです。
だから皆、個人を強調するために髪型を変えてはいるのですが、やはりその髪型ですら被ってしまうことがありました。
現にアペスは肩甲骨辺りまで髪を伸ばし、後頭部で少しだけ髪を結っているのですが同じような髪型をしている者をかれこれ何人も見てきました。
このように見た目が全く一緒だからなのか、知らない人から声をかけられることもしばしばありました。
周りが個人を特定することが出来ないのです。
女王が個人を覚えることなんてまず無理に等しいでしょう。
女王のために毎日頑張っているのに顔を覚えられないというのは非常に悲しいことです。
なのでアペスは目立つようにと、黒いメッシュのところをすべてピンクに塗り染めました。
そのおかげで、知らない人から声をかけられるということは無くなりました。
そのせいで知らない人から目をつけられるということも増えましたが――。
ただ個人を強調する方法としてこの方法はとてもよいものであり、仲間たちも次第に黒いメッシュの部分を各々の好きな色で染めていったのでした。
さてそうやって仲間たちと楽しく過ごし、また何も変わらぬ日々を送っていたある日のことでした。
『今日からここは我らハエ座の星となる』
こう言い張る人たちが現れたのです。
髪色がアペスたちとは違い、真っ黒なところを見ると他の星の人たちでしょうか――。
きっと蜜蜂座に遊びに来てくれたのでしょう。
アペスを含め、皆がそう思っていました。
この発言が成されるまでは――。
『この星の女王は討ち取った。つまり、貴様らには消えてもらおう!!』
そう言って、彼らは一斉に蜜蜂座に住まう者たちに襲いかかってきたのでした。
それでやっと理解できました。
彼らは蜜蜂座に遊びに来たのではなく、蜜蜂座を乗っ取りに来たのだと――。
容赦なく襲いかかってくる異星の者たち――。
しかし、蜜蜂座の者たちは怯むことなく彼らに対抗しました。
服が汚れ、またボロボロになっても負けじと抗い続けました。
途中で靴が脱げて裸足となってしまっても抗い続けました。
もちろん、アペスもそのうちの1人でした。
おかげで、今も異星の者たちに囚われることなく逃げ延びることが出来ています。
今日ほど護身術を教わっていてよかったと思ったことはないでしょう。
しかし、この騒動で仲間たちとは離れ離れになってしまいました。
おかげでこの数日はずっと独りぼっちです。
知らない人でもいいので誰か隣にいてくれたら心強いのですが、周りを見渡しても誰の姿も見当たりません。
確か、この星には大勢の者が住んでいたはず――。
仲間を含めて皆、無事でしょうか――。
『みぃーつけた!』
――!!
いけません。
考え事をしていたせいで、背後から近づく敵の存在に気づくことが遅れてしまいました。
このままでは捕まってしまいます。
アペスは急いでその場から去ろうとしたのですが――。
「きゃっ!!」
なんと足がもつれてしまい、盛大に転んでしまったのです。
無理もありません。
数日もの間、必死で逃げ惑っていたアペスの体力は既に限界を迎えていたのですから――。
しかし、自分の身体がそのような状態に陥っているなど思ってはいないアペスは諦めずに立ち上がろうとしました。
ですが――。
「――っ」
足に痛みが走りました。
どうやら、転倒した拍子に足をくじいてしまったようです。
「対象、確保――」
それを好機と思われ、アペスは簡単に担ぎ上げられてしまったのでした。
「離してくださいっ!!」
アペスは必死に抵抗しました。
しかし、相手は大柄でかつ筋肉量がすごい男性でした。
故に、どれだけ抵抗しても無意味というものです。
「うるっさいわね。ついでに足の骨を折るわよ?」
女性が声を荒げました。
見ると、すごい形相でアペスを睨みつけていました。
「若いやつは特に無傷で連れてこいとの命令――。だから、傷つけるのはダメ――」
「見つけたときには骨が折れてたってことにしたらいいのよ。だから、次に騒いだらマジで足の骨を折るからね」
もしも、ここに現れたのがこの女性1人だったら自慢の護身術を使って逃げ切ることが出来たでしょう。
そう思うと悔しくて、また何をされるのか考えると怖くて、アペスはボロボロと涙を流しました。
しかし、そんなアペスのことなど気にすることなく歩き始める男女2人――。
アペスは心の中で叫びました。
助けて、と――。
「お疲れさまです!」
ふと、少年の声が聞こえてきました。
アペスの願いが叶ったのでしょうか――。
「あんた、何をしに来たのよ?」
「先輩方に差し入れを持ってきたんですよ」
そう言うと、少年は小瓶に入った何かを差し出してきました。
それは光に当たるとキラキラと輝いているように見えました。
また、蓋を開けると甘い香りが鼻をくすぐりました。
その見た目と香りのおかげで、アペスは小瓶の中身が何であるかを理解しました。
「これは何だ?」
「はちみつと言います。とても甘くて、疲れた身体を癒やしてくれる代物です」
「どうしてそれを我々に持ってきた?」
「先輩方を労うのが部下の役目ですから――」
「へぇ?あんた気が利くじゃない?では、一口いただこうかしら?」
男女はそれぞれハチミツをすくうと、口の中に一口入れました。
すると、女性は頬を抑えてニヤけ始めました。
よほど美味しかったのでしょう。
しかし、男性は何の反応も見せませんでした。
それどころか、少しだけ身体を震わせています。
もしかして、お口に合わず怒っているのでしょうか――。
そう思っていたのですが、今度は力尽きたかのように地面に倒れ込んでしまいました。
「いたっ!!」
そのせいでアペスも地面に身体を強打してしまいました。
そのおかげで解放もされましたが――。
「貴様、このはちみつに何を仕込んだ――」
息苦しいのか、女性は首もとを抑えながら言葉を絞り出しています。
少年はそんな質問など無視してアペスに手をさしのべました。
その少年の意図をアペスはしっかりと理解しました。
しかし、アペスは素直にその手を握れませんでした。
なぜなら、怖かったのです。
「もたもたしてたら時期に追っ手が来るよ?」
アペスは恐る恐る少年の手をとり、立ち上がりました。
しかし、すぐに倒れ込んでしまいました。
そういえば、さっき足首を捻ってしまったのを忘れていました。
少年は軽くため息をつくと、少女に背中を向けしゃがみました。
「乗って――」
アペスは少年に背負ってもらい、無事にそこから逃げ出すことが出来たのでした――。
ハエ座の兵の「大柄でかつ筋肉量がすごい男性」はあのお笑いトリオの某マッチョさんだったりします(笑)




