#41 届くことはなかった祈り
ララは1人、夜空を見上げていた。
雲ひとつ無い夜空で力強く光を放つ満月を見ていた。
「風邪ひいちゃうよ?」
月美はララをそっと抱き上げた。
「この世界のお月様はぁきれいだねぇ。形も変わるからぁおもしろぉい」
今宵は満月――。
そのため、明日からは少しずつその形を崩してゆく。
ララはその形の変化を毎日楽しんでいるようであった。
ふと、月美は今までどうしても気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇララちゃん。どうして、月のコンパクトは紫色なの?」
この世界の月は黄色で現されることが多い。
しかし、月美に与えられたコンパクトは三日月の形で、かつ紫色――。
紫色というとなんとなく闇を想像してしまうのだが――。
「それはぁレインボー・ミレニアムのお月様が紫色だからだよぉ?」
「そうなの?!」
これは驚きである。
てっきり、月はどこの世界でも黄色に輝いているものだと思っていたが――。
「じゃあ、なんでコンパクトは三日月の形なの?シィ様が三日月が好きだからとか?」
ララは静かに首を横に振った。
「レインボー・ミレニアムのお月様はぁ形を変えることなくぅ、ずぅっと三日月なのぉ」
「そうなの?!」
これも驚きである。
てっきり、月はどこの世界でも満ち欠けをするものだと思っていたが――。
「ちなみにぃ、お星様は水色なのぉ」
だから、星のコンパクトは水色なのか――。
しかし星にはいろいろな色の輝きがあるということを知っていたので、月美はそれほど驚きはしなかった。
「でも、夜空に紫色の月ってどんな感じなの?なんか夜空に溶け込まない?」
「すごくすごぉくきれいだったよぉ」
ララは手を大きく広げたりしてそのすごさを伝えてくれようとしているのだが、残念ながら月美は夜空に輝くきれいな紫色の月が全くもって想像できなかった。
お化け屋敷とかでありそうな不気味に輝く紫色の月なら想像できるのだが――。
「でもぉ黒色と紫色はぁ悪魔を呼び込む色――。そう考える人もいたんだぁ――」
月美の思考を読み取ったのか、ララがポツリと呟いた。
ララ曰く、レインボー・ミレニアムもこの世界同様、朝と夜が訪れていたらしい。
朝は晴れ渡る青い空でオレンジに輝く太陽とふわふわと浮かぶ白い雲が、夜は暗い空で紫色に輝く月と水色に輝く星たちがそれぞれの空を彩っていたという。
しかし、真っ黒な夜空に紫色の月という悪魔を呼び込む色が2つ重なることを忌み嫌う人も少なくはなかったらしい。
「この世界にぃ黒と紫はいらない――。コク様とぉシィ様をレインボー・ミレニアムから追放しようと考えた人も少なくはぁなかったんだぁ――」
「そんな――。そんな勝手な理由で追放するだなんて――」
確かに、真っ黒な夜空に紫色に輝く月はさぞ不気味であろう。
しかし、たったそれだけの理由で追放を考える住人たちはどれだけ理不尽なのだろうか――。
「あのときはぁスイ様たちがぁ必死でシィ様を守ってくれたんだってぇ」
『シィを失えば、この世界から虹も消えることになります。あなたたちはそれでもよいのですか?』
レインボー・ミレニアムでは、虹は平和の象徴とされていた。
虹を失うということは、即ち平和を失うということ――。
それを恐れた住人たちはシィの追放に限っては諦めたという。
しかし、コクだけは守ることができなかった。
なぜなら、住人を説得できる十分な言い訳が思いつかなかったからである。
そのため、無念にもコクの追放は決まってしまった。
レインボー・ミレニアムから追放されるその日まで、コクは地下室にて幽閉されることとなった。
コクを守りきることが出来なかったハクは、その日以来、宮殿に引きこもっては姿を見せなくなったのだとか――。
ハクとコクが姿を消したことをいいことに、やがてレインボー・ミレニアムからは白色と黒色が消えていった。
街の外観から白色と黒色が消えたことは当然のことなのだが、白くてふわふわとした雲もなくなり、太陽の輝きを邪魔することもなくなった。
もちろん、真っ黒な夜空もなくなりレインボー・ミレニアムは1日中明るくなったという。
しかし、夜空がなくなっても天の流れは変わらない。
太陽が沈んだあとも、明るい空で紫色の月と水色の星は光輝いていたという。
「ハク様とコク様がぁ姿を消してシィ様はすごく寂しかったんだってぇ。でもねぇ、明るい空でぇ輝く紫色のお月様を見てぇきれいと思ってくれる人がぁ増えたことはぁ嬉しいって言ってたよぉ」
青い空で輝く紫色の月はきれいだったらしい。
しかし、背景が黒から青に変わっただけで紫色の見方がそんなに変わってくるものだろうか――。
「でもぉハク様とコク様のことをシィ様はぁ忘れたことはなかったよぉ――。いつか帰ってきてくれるとぉ信じてたんだぁ――」
その言葉の通り、ハクとコクは帰ってきた。
レインボー・ミレニアムを支配するために――。
色とりどりだった世界は次々に白や黒や灰というモノクロに染められていった。
人々も同じように染められていった。
やがて、プリンセスたちも染められてレインボー・ミレニアムはセピア・キングダムへと名を変えていったのである。
「シィ様はぁこんなこと望んでいなかったんだよぉ――。また、ハク様とコク様とぉ仲良く過ごせる日がぁ来ると信じていたんだぁ――」
ララはボロボロと涙を流し始めた。
月美はララを胸元で抱き抱え、そっと頭を撫でてあげた。
しかし、それでもララの目からは大粒の涙が止めどなくあふれでるのであった。
「シィ様はぁ自分だけが助かったことをぉすごく悔いておられたんだぁ。だからぁ、月に祈りを込めていたんだぁ」
『ハクとコクとまた幸せな生活が出来る日が来ますように――』
しかし、その祈りがハクとコクに届くことはなかった。
「ボクはぁ祈るよぉ!みんなが幸せに暮らせるようにってぇ!だから、ツキミちゃん。どうか世界を救ってぇ!シィ様たちもぉハク様、コク様もぉ救ってぇ!!」
「――分かってる。必ず、平和な世界を取り戻そうね」
シィもきっとレインボー・ミレニアムが平和になる日を祈っているはず――。
だから、この月のコンパクトとともにララにその祈りを託したのであろう。
そして、その祈りは昼庭月美という1人の少女に届いた。
――祈りの騎士として、必ずあなたとレインボー・ミレニアムを救います。
月美は夜空に光輝く満月にそう誓うのであった――。




