#20 その名をデネブ
モノクロームが姿を消した後、そこには少し大きめのテディベアが倒れていた。
サイズとしては少年の身長と一緒ぐらいだろうか――。
これは確か、事務所のメンバー全員から昼庭社長へのプレゼントだったはずだ。
なるほど――。
モノクロームの正体はこのテディベアで間違いないだろう。
少年はテディベアの近くに落ちていた鍵を持ち上げた。
灰色をした鍵はさらさらと塵になり、やがて消えていった。
「――大丈夫?」
月美が声をかけると、少年はこちらを向いて不服そうに問いかけてきた。
「何で、敵の心配をするの?」
「だって、さっき襲われそうになってたし――。それより、どうして簡単にモノクロームを手放したの?」
「――こんなぐっちゃぐっちゃなところでアペス様とお茶会なんて出来ないよ」
少年の言う通り、床には割れた食器やご馳走がそこら中に散乱している。
とても、きれいと言える状況ではない。
「じゃあね」と少年は月美に手を振ると、そそくさと会場を出ようと歩き始めた。
「逃げるのはダメだよ。2度も事務所のみんなを襲ったことに対しては絶対に許さないんだから――」
少年は大きくため息をついた。
「そんなに腹が立つなら何で僕のことを助けたのさ?あそこで僕がぺちゃんこになれば君も憂さ晴らしが出来てめでたしめでたしってところじゃないか?」
「誰かが傷つくところを見たいってわけじゃないの」
「ふーん。で、僕に何をしろと言うの?」
月美は少年の前に小指を差し出した。
「2度とこの世界をモノクロに変えないって約束して」
少年は少し考え、そして微笑みこう答えた。
「うん、無理」
「ちょっ――」
「あぁでも、それだったら君に仮を作ることになるなぁ。それだけは嫌だからこうしよう。君の仲間には2度と手を出さない。約束するよ」
「ここじゃなければいいって問題じゃないの!どうして、あなたはそうやってこの街の人たちをいじめるの?!いったい何が目的――」
まだ質問の途中だというのに、少年はいきなり月美に抱きついてきた。
とっさの出来事に頬を赤く染める月美の耳元で少年はそっと囁いた。
「――君の心を射止めるのが目的、と言ったらどうする?」
その瞬間、月美の心臓が一気に跳ね上がった。
いきなりのことでパニックに陥りそうになったが、それでもなんとか少年から離れることに成功した。
顔は火照り、呼吸も少し乱れている。
未だに心臓の高鳴りが治まる気配もない。
しかし、これらは決してときめきという感情から来ているわけではない。
恐怖だった――。
変身が解けていないことなどを確認した月美はとりあえずため息をついた。
「誰なの、あなたは?何がしたいの?」
「僕はデネブ。アペス様に遣える身さ。じゃあね、祈りの騎士――」
デネブは手をひらひらさせると、一瞬にしてその場から消え去った。
なんと逃げ足の早い奴――。
「デネブって初めて聞いた名前ね。ララちゃんはデネブとは会ったことがあるの?」
『――ううん。初めて見たよぉ』
「見た感じ、わたしと同じ歳ぐらいの男の子だったね――」
気がつくと、モノクロームが消えたことによって灰色に染まっていた景色は徐々に色を取り戻していた。
しかし、割れた食器や倒れた椅子などは元通りになることはなく、そのままの姿で散乱しているのであった――。




