#18 ボクがいるよぉ
月美の父親、昼庭絋が株式会社ムーンライトを立ち上げ早15年――。
絋も昔は数多のアニメで大活躍する声優であった。
彼をアニメで見かけない日はなかったのではないだろうか――。
ある日、出演中であったとある作品で月美の母親、鳥海葉月と共演をした。
それが2人の運命的な出会いであった。
その後、2人は結婚――。
仕事においても私生活においても幸せを感じていた絋は新たな挑戦を抱いた。
それが自分の会社を持ちたいということだった。
お世話になった事務所を退所し、小さな部屋を借りて自分が経営する事務所を作った。
最初の所属メンバーは絋と葉月だけであった。
自分達の力だけでは事務所を保つだけで精一杯だった。
たとえ生活が大変でも葉月は絋を見放すこともなく、ずっと支え続けてきた――。
そして5年ぐらいたった頃、徐々に所属メンバーが増えてきた。
15年経った今では所属メンバーが30人程度と大きく成長した。
人生においても仕事においても絋は成功を修めたのだった――。
☆
さて、今日はとある会場を貸しきって株式会社ムーンライト発足15周年記念パーティーが行われていた。
参加者は所属メンバー全員と月美である。
会場内はこの上なく賑わっていた。
この前、挨拶をした瑠衣も綺麗な服を身にまとい、楽しそうに仲間と会話をしていた。
ふと、月美は絋が手招きをしていることに気付いた。
今日の月美はいつもの制服姿とはうってかわってきれいなドレスに身を包んでいた。
普通なら歩くだけでもしんどいだろうに、月美は着なれているからなのか小走りで絋のもとへと向かっていった。
向かった先には絋を囲むように男女5人の姿があった。
いずれも今年、事務所配属が決まった新人声優たちである。
「わぁ社長の娘さん、すっごくかわいい!あなたが月美ちゃんかしら?」
「はい。昼庭月美です。本日はパーティーにお越しいただき誠にありがとうございます」
月美はドレスを少しだけ持ち上げ、軽くお辞儀をした。
「うわぁめっちゃ教育された娘さんですね!」
「さっすが、次期社長って感じがしますね!」
「社長、世代交代はいつですか?」
「おいおい。冗談はよしてくれよ――」
絋と新人声優5人は高らかに笑いあった。
月美も微笑んではいるが、少しだけ表情がひきつっているように見えるのは気のせいだろうか――。
「パパ。わたし、ちょっと外の空気を吸ってくるね」
軽くお辞儀をすると、月美は会場の外へと出ていった。
今宵は満月――。
雲ひとつないため、満月がきれいに光輝くことが出来ている。
会場内は少し暑く感じたが、外に出てしまえば涼しい風が火照った身体から熱を奪い去ってくれた。
周りを見渡し、誰もいないことを確認すると月美は鞄を開けた。
すると、ピョコっとララが顔を出した。
月美はララを抱き上げて顔をすりすりした。
「お待たせ。苦しかったでしょ?」
「大丈夫だよぉ。ツキミちゃんとの約束だからねぇ」
『いい?会場内では必ずじっとしていること』
これが月美とララの約束事であった。
本当はずっとじっとしているのはしんどかったが、それでもララは月美との約束を決して破らなかった。
「ララちゃん、いい子。そんなララちゃんにご褒美をあげるわ。何が欲しい?」
「じゃあ、ギューってしてほしいなぁ」
「そんなご褒美でいいのかしら?じゃあ、ギューっ!!」
会場内の笑顔に比べて、今の月美の笑顔は本心からというのが見ても分かる。
ギューっとされているララもとても嬉しそうである。
「そういえばぁ、ノゾムくんはどこにいるのぉ?」
ララの言う通り、確かに会場内で望夢の姿を見かけた覚えがない。
「お兄ちゃんはね、いろいろと忙しいんだよ――」
ララはコクンと首を傾けた。
望夢は月美より2つ上である。
故に、現在は中学3年生――。
きっと、高校受験のための勉強で忙しいのだろう。
「ねぇツキミちゃん。そろそろ戻らなくてもいいのぉ?ボク、頑張って鞄の中でじっとしてるよぉ?」
「ありがとう。でも、戻りたくない――。このままずっとずうっとララちゃんと一緒にいたいな――」
さっきまでの笑顔が一転して、悲しそうな表情に変わった。
頑張って涙を堪えているのも分かる。
「みんなぁ、きっとツキミちゃんに会いたがってると思うよぉ?」
「本当に会いたいのはわたしじゃないから――」
ララはまたコクンと首を傾けた。
「みんなが本当に会いたいって思っているのは昼庭社長の娘だよ。結局はみんな、わたしのことを社長の娘としてしか見てないんだよ――」
月美は世間でいう社長令嬢である。
普通ならお嬢様学校などに通うであろう超お嬢様である。
しかし、月美はそれを望まなかった。
社長令嬢だからといって特別扱いされることもなく、普通の女の子として友達と接してほしかったからだ。
そういう思いを抱くのには小学校の頃の思い出が原因だった。
小学校はお嬢様学校に通っていた。
なので同じ境遇の友達がたくさん出来たと思っていたのだが、友達と思っていた人は全員、親同士の繋がりを作るための人材だった。
月美は本当の友達がほしかった。
だから、中学校は普通の学校に通うことに決めたのだ。
現在、学校では社長令嬢であることは隠している。
なので、今はクラスメートと普通に過ごすことが出来ている。
しかし、社長令嬢であるとバレたらクラスメートの態度はどう変わるだろうか――。
距離を置かれるかもしれない――。
もしかしたら、嫌がらせをされるかもしれない――。
そんな恐怖に怯えながら生活をしているのも事実である。
しかし、月美が社長令嬢であると知っていながらも心の底から信頼できる大切な友達がいる。
それが幼なじみの星奈と日向である。
2人の前では本当の昼庭月美になれるような気がした――。
いろいろと考え込む月美の顔に今度はララがすりすりとしてきた。
「どうしたの、ララちゃん?」
「ボクはぁツキミちゃんのことをちゃぁんとツキミちゃんとして見てるよぉ」
社長令嬢としては見ていないと言いたいのであろう。
ただ、もう1人本当の昼庭月美になれそうなお友達が出来た気がした。
「ありがとう、ララちゃん――」
ララは嬉しいのか、更に顔をすりすりした。
あまりにもすりすりしてくるので少し痛かったのはここだけの秘密――。
「さてと、さすがにそろそろ戻らないとパパが心配するわ――」
そう言って、先ほどまで笑っていた月美の顔が一瞬にして凍りついた。
「ツキミちゃん、どうしたのぉ?やっぱり戻りたくないのぉ?」
「ううん。さっき、あの子を見かけた気がしたの――。お兄ちゃんたちを襲ったあの子が――」
ララは月美と同じところを見てみたがが、誰もいる気配はない。
というか、会場外は真っ暗なので何も見えない。
しかし、月美の表情を見ると嘘をついているとも思えなかった。
「追いかけてみるぅ?」
「うん――」
月美は恐る恐る足を進めた。
――もしかしたら、もうすでにモノクロームがいるかもしれない。
少し前の月美だったら足が震えて動けなかったであろう。
しかし、今は心強いパートナーがいる――。
会場の周りを1週してみたが、誰も見かけることはなかった。
「ごめんね。やっぱり見間違いだったみたい――」
「キャー!」
「なんだこれ?!」
突如、会場内から悲鳴が聞こえてきた。
――嫌な予感がする。
逃げるのに必死なのか食器などが割れる音も聞こえてきた。
窓にはカーテンがかかっており、軽い人影を捉えることしか出来なかった。
しかし、それでも人ではない明らかに大きな巨体を捉えることは出来た。
――間違いない!
今まさに、モノクロームが会場内で大暴れしている証拠である。
「ララちゃん!」
「おっけぇ!」
月美はララから月型のコンパクトを受け取った。
「どんな色が好きなのぉ?」
「紫色が好き――。感性が豊かになる――。だから、紫色が好き!」
紫色のコスチュームを見にまとい、変身した月美はこう叫んだ。
「空を覆う紫の祈り!祈りの騎士、クールムーン!」
昼庭 絋
月美の父親、兼株式会社ムーンライトの社長。
鳥海 葉月
月美の母親。本名、昼庭 葉月。鳥海は旧姓、兼芸名。




