♯176 守るために消す
このセピア・キングダムに突如として現れたシスター――。
彼女の存在を知らない者はいないが、彼女の行動を知る者もいない――。
しかし、そんな彼女の1日というのはとてもとても忙しいものである――。
まず、朝起きてすぐにハクとコクの朝食を用意する。
ちなみに時間厳守。
1分1秒でも遅れてしまえばコクの機嫌が悪くなり暴れ始めてしまうからだ。
2人の朝食タイムが終われば次にお城の整備。
先日、希望の騎士とケルベロスが派手に戦闘を行ったがために玉座の床には大きな傷がつき、シャンデリアは落下して粉々に散るという悲惨なことになってしまった。
こんな有様だがハクはただニコニコと笑うだけで何も言わなかった。
だがこれは確実に怒っている証拠。
とりあえず、復興作業を急がねば――。
だが、作業をするのはモノクロームにされた住人たち――。
シスターはただそのモノクロームにあれやこれやの指示を出すだけである。
ちなみにハクとコクは何もしない。
何をしているのかは知らないが、おそらくお忙しいのだろうとシスターは思っている。
さてテキパキと指示を出し、気がつけばお昼である。
次の行動に移らなければ――。
ここはモノクロームに任せ、シスターはてきぱきと昼食の用意をする。
そして、ハクとコクに昼食を出す。
シスターはチラッと時計の針を見る。
そして、安堵のため息をついた。
もしもこれが1分1秒でも遅れていれば、これまたコクの機嫌が悪くなり暴れ始めてしまうのだから――。
さて、2人の昼食タイムが終われば再びお城の整備である。
先日、城内のほぼすべての扉が破壊された。
ついでに複数の床が抜け落ちていた。
どんな戦い方をすればこんな荒れ果てた惨状になるのだろう――。
しかも、人様の敷地でここまで大暴れが出来るとは逆に感心する。
さすがのハクもこの惨状には笑顔ひとつ見せず、真顔であった。
分かっているとは思うが、これは確実に怒っている。
なので、復興作業を急がねば――。
だがここでも動くのはモノクロームであり、シスターはただ指示を出すだけ。
ちなみにハクとコクは何もしない。
何をしているのかは知らないが、定時に食事を摂らないといけないほどエネルギーを使うことをしているのだろうとシスターは思っている。
さてテキパキと指示を出し、気がつけばもう3時である。
次の行動に移らなければ――。
ここはモノクロームに任せ、シスターはてきぱきとおやつの用意をする。
そして、ハクとコクにそのおやつを出す。
シスターはチラッと時計の針を見る。
そして、安堵のため息をついた。
おやつタイムに関してはコクではなくハクがうるさいのだ。
なぜおやつタイムが必要なのかは理解できないが、もしも1分1秒でも遅れればハクの機嫌が悪くなるのである。
さて、2人のおやつタイムが終われば再びお城の整備である。
先日、地下にあるヘモタイトが粉々に砕けていた。
あれは鏡のように反射する石でシスターのお気に入りの石でもあったのだが――。
さすがのシスターもこの惨状には声も涙も出なかった。
とりあえず、腹が立つので復興作業を急ぐだけである。
だが、もちろん誰が作業するのかは言わずとも分かるはず――。
さてテキパキと指示を出し、気がつけば夕方である。
次の行動に移らなければ――。
ここはモノクロームに任せ、シスターはてきぱきと夕食の用意をする。
そして、ハクとコクに夕食を出す。
シスターはチラッと時計の針を見る。
そして、安堵のため息をついた。
とりあえず、無事に今日という日が平和に終わった――。
さて、2人の夕食タイムが終わればやっとシスターの自由時間である。
だが、今日に限ってはその自由時間を削ってでもやっておきたいことがあった。
そのために今、例の部屋の前に立っている――。
シスターはその扉をノックした。
しかし、返事はない。
代わりにやいやいと楽しそうに言い合いをする声が聞こえてくる。
拉致が開かないと思ったシスターは勝手に扉を開けた。
「あら皆様、すごく楽しそうでいらっしゃいますね」
その声でやっと人が来たと気づいたのか、アルタイル、ベガ、デネブが嫌そうにこちらを見てきた。
「ねぇ僕たちの部屋に入るならノックぐらいしてくれる?」
「しましたよ。でも、反応がなかったので心配になりまして勝手に扉を開かせてもらいました」
シスターは半ばデネブの言うことを無視して、手際よくカップとポットをテーブルに3つ並べた。
ついでにお茶菓子であるマカロンも用意したあと――。
「さぁ皆様、お召し上がりください」
「いや何で?あたしたちをここに集めておいて、いきなりお茶会を開くとか意味分からないんだけど――」
「あなたたちは人間界にて無事任務をこなされました。そのお疲れさまパーティというところですね」
「クールナイツと鉢合わせないように行動するという任務だけでこのような待遇とは、いささか大げさではないか?」
「あら、何を仰いますか。これは、私からのほんの些細な贈り物と捉えていただければ――」
シスターは3つのカップそれぞれにコーヒーを注ぐと「さぁどうぞ」と改めて3人を誘った。
部屋全体をコーヒーの香りが包み込み、嗅覚を刺激する。
その香りに誘われるかのようにアルタイルが席へとついた。
それを見たベガも席へとついた。
「シスター、僕はここでもいい?」
だが、デネブだけはそこから動こうとはしなかった――。
「えぇ構いませんよ。今そちらへお持ちいたしますね」
シスターはコーヒーと小皿に数個乗ったマカロンをデネブへと手渡した。
そして、瞬時にデネブが動かなかった理由を理解した。
「では皆様、どうぞお召し上がりください――」
シスターの合図でデネブはマカロンへと手をつけた。
そして1つ、また1つと次々に手をつけていく。
どうやら、よほど味が気に入ったらしい。
「さぁアルタイル様もベガ様もどうぞ。コーヒーを飲めば気持ちも少し和らぐはずです」
シスターに促され、ベガはコーヒーに口をつけて1言。
「苦い――」
「では砂糖を入れましょうか」
「シスター、僕のコーヒーにも砂糖を入れてよ」
「かしこまりました」
砂糖が加わることにより、少しは飲みやすくなったのだろう。
ベガとデネブは文句も言わずにコーヒーを飲んでくれた。
だが、頑なにコーヒーに口をつけないのがアルタイル。
「アルタイル様も砂糖を入れましょうか?」
「いや、俺はこのままでいい――」
そう言うが、やはりアルタイルがコーヒーに口をつける様子はない。
「あの、せめてひと口だけでも食べていただけませんか?私、結構頑張ったのですが――」
「大丈夫じゃない?毒も入ってなさそうだし――」
ベガの助言もあり、アルタイルは嫌そうにマカロンを1つ手に取ると、ひと口で頬張った。
そして、特に味わうこともなくコーヒーで流し込むのだった。
「これでいいだろ?」
「えぇ大変満足です――」
シスターのその言葉とほぼ同時だった。
カップが割れる音が響き渡った。
見ると、ベガとデネブがぐったりと床に倒れ込んでいた。
「ベガ?どうした?!」
アルタイルはベガの身体を揺するが、返事はない。
「おい、デネブ!」
同じくデネブの身体も揺するが、やはり返事はない。
やがて、アルタイルも体勢を大きく崩して床へと座り込んでしまった――。
「貴様、やはり毒を仕込んだか――」
「あら失礼ですね。私が使ったのは通仙散。毒ではなく麻酔の1種です。それをマカロンとコーヒーに混ぜ込んだのですが、味に変わりはなかったでしょう?」
「――ハク様とコク様から俺たちを消すように言われたか?」
「いえ、これは私の独断よ」
シスターはそう言うと、アルタイルのサングラスを外した。
すると、水色の瞳が睨みつけるかのようにシスターを捉えていた。
「あなたたちは少し知りすぎてしまったの。このままではハク様とコク様に消されるのは時間の問題だわ――。だから、ここで消えてもらうわ」
「そんなにも俺たちは足手まといの存在か?」
「いいえ――」
シスターはそっとアルタイルの頬に触れた。
「あなたを、夢斗を失いたくはないから――。笑歌も愛人も失いたくないから――」
「――夢斗?笑歌?愛人?誰だ、それは?」
「だから、アットヌーンが力を失うまでここで身を潜めていて。お願いよ――」
シスターはアルタイルをギュッと抱きしめた。
やがて、麻酔が聞いてきたのだろう。
アルタイルから気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
それを確認したシスターはゆっくりとアルタイルを床へと寝かせた。
「さぁケルベロス様。帰りますよ」
だが、ケルベロスは返事をしない。
なぜなら、彼女も気持ちよさそうに寝息を立てていたのだから――。
シスターは軽くため息をつくとケルベロスを抱き抱えて、その部屋を出ていくのであった――。




