#172 志を同じくした仲間
女性が部屋を出ていってから数分後――。
「ちょっと、ケルベロス!!」
最初に口を開いたのはアペスだった。
「何?」
そう言って、ケルベロスはのんきに紅茶へと口をつけた。
「あなたが全然来ないから、お母様に怒られたじゃない!いったい、どこで何してたのかしら?」
「癒しの騎士と接触してた。人の話聞いてなかったの?」
「こいつが人の話を聞くはずないだろ。いつも自分のことしか考えてないんだからさ――」
2人の会話に、横からアピスが割って入ってきた。
「はぁ?対象に警戒されるようなドジ踏むような人に言われたくないのですけれど?」
「それだけお母様の造る技術がすごいってことだよねー」
過去にここセピア・キングダムにハクとコクに遣えるフェリス、ケルベロス、アピス、アペスという4人の人物がいたらしい。
しかし、彼らはクールナイツとの戦いで惜しくも命を落としてしまったのだと――。
だがハクとコクはそれを悲しむことはなく逆にそれを好機に思い、あの女性にその4人そっくりな人形をつくったらしい。
それが今ここにいるフェリス、ケルベロス、アピス、アペスである。
つまり、ハクとコクに遣えていた彼らとは全くの別人である。
「一度倒した相手が再び現れたんだ。警戒しない方が頭おかしいと思うよ?」
「あらやだ。言い訳とか見苦しいですわ。だから、あなたたちは1人で1人ずつしか任せられなかったのね。それに比べて私は3人。きっとお母様からの評価は高いのだわ」
「ただ単に雑魚3匹押し付けられただけじゃん」
「右に同じく」
「はぁ?」
「うるさい、黙れ――」
言い合う3人の声に、低くて野太い声がのしかかった。
フェリスである。
「毎度毎度、小さなことで事を荒げるなど貴様らは子供か?同じ志を持つもの同士、仲良く出来ないのか?」
一瞬にして静けさが彼らを襲う――。
だが、その静けさを破るようにアピスが口を開いた。
「えっ何?あんた、もしかして俺たちのことを仲間だと思ってるの?」
「バカか。誰がおまえたちみたいな役立たずを仲間と思うものか」
「あ゛ぁ?」
「貴様らのようにクールナイツに敗北するような奴など下僕か、それ以下だ。だが、俺たちに与えられた時間は決して長くはない。それまでに使命を果たすためには残念ながらおまえたちとの協力が必要不可欠だ。貴様らも使命のためならば手を組まねばならぬことぐらい分かるだろ」
フェリスの言葉にアピスとアペスはそれぞれ舌打ちをした。
それに対して、ケルベロスは何も言わずに紅茶を飲み続けていた。
彼らの使命はスピリット・アニマルの奪還。
しかし、それはハクとコクのためではない。
自分たちの命を守るためであった。
彼らは命を与えられた人形である。
しかし、残念ながらその命は永遠ではなかった――。
本当かどうかは不明だが、あの女性の技術では永遠の命を与えることが出来なかったらしい。
だが、スピリット・アニマルさえ手元にあればこの命を永遠のものにできるというのだ。
では、もしもスピリット・アニマルを手にすることが出来なければどうなるのか――。
その時は当然、命が尽きる。
そして身体は泡となって崩れ去り、やがて跡形もなく消えてしまうのだとか――。
しかも厄介なことに、この命がいつ尽きるのか分からないというのだ。
だから、彼らも女性も時間がないと焦っているのだった。
「さぁ理解したのならばさっさと席につけ。今から作戦会議を始める」
「冗談じゃないですわ」
アペスはそう言い捨てると、席を立った。
「おい、人の話を聞いていたのか?」
「心配しなくてもきちんと仲間を演じてはあげますわ。だけど、それはお母様の前だけ――。それ以外のときは私1人で行動させてもらいますわ」
それだけを言うと、アペスは部屋を出ていってしまった――。
その時、アペスは怒り任せに扉を閉めたのだろう。
大きな衝撃音が部屋に響き渡った。
その直後、ケルベロスが頭を抑えて苦しみ始めた。
「どうした、ケルベロス?」
「――何でもない。ただ、クールナイツに負けるような下僕以下のあんたと仲間を演じなければならないと思ったら頭が痛くなっただけ。じゃあね――」
ケルベロスもそれだけを言うと部屋を出ていってしまった――。
「まぁいい。おまえだけでもいないよりかはましだ」
「何で俺は残ると思ってるんだよ。俺もあんたと仲間ごっこをするのは真っ平ごめんだ。ただ、目的を果たすためならばある程度の指示には従ってやるよ」
とうとうアピスも部屋を出ていってしまった。
そして、部屋にはフェリス1人が取り残された。
ここまで見てわかる通り、この4人の志は同じかもしれないが仲はすこぶる悪いのだ。
フェリスは大きく舌打ちをした。
「まぁいい。今は我慢のときだ――」
そう呟くとフェリスも部屋を出ていってしまった。
そして、この部屋には誰もいなくなった――。




