#164 見たことがある俳優さん
「ということで、改めましてこんにちは。僕は弥生光。吸血戦士ヴァンパイジャーでブルーヴァンパイジャーを演じる、るんるんのお兄ちゃんだよ。みんな、光くんって呼んでね!」
光はそう言うと、手慣れた感じでウインクをした。
髪は黒色で長髪。
それを肩甲骨あたりでひとつにまとめている。
数々の作品に出演している光だが、まだまだ駆け出しの俳優であるため知名度はかなり低い。
しかし、あのヴァンパイジャーを演じる俳優である。
名前は分からずとも顔は見たことがあるという人も少なくはない。
星奈たちもそのうちの1人で、目の前にいる正義のヒーローに目を輝かせていた。
ちなみに、光は護琉より4つ年上。
しかし、分かってはいると思うが護琉のお兄ちゃんというのは真っ赤な嘘である。
「本当にそういう誤解されるような発言はやめろ――。あと、人前でるんるんって呼ぶな」
弥生からやっと解放された護琉はゼーゼーと苦しそうに呼吸をしていた。
せっかく整えられていた髪の毛はボサボサになっており、どれだけ必死に護琉が抵抗したのかを物語っている。
「それから、見ず知らずの人に自分のことをほいほいと教えるな。一般人はあんたの本名なんて知らないんだから――」
彼の名前は弥生光。
しかし普段は弥生として活動しており、護琉の言うとおり彼の本名を知っているのはほんのひと握りである。
そのため、ほとんどの人が本名と関係がない芸名か名前かと思っているのだが、まさか弥生が名字だったとは驚きである。
「いいのいいの。るんるんのお友達に悪い人はいないんだから。それで、みんなのお名前も教えてほしいな」
危機感を全く抱かない光に対して、はぁとまた大きくため息をつく護琉。
月美と望夢は関係者家族なので百歩譲って距離をつめても構わない。
だが、星奈と日向に関しては完全に一般人なのでもう少し距離をとってほしいものだ。
まさか弥生は道端で声をかけられた一般人に対してもこんなに距離を縮めているのだろうか――。
少し彼の性格が心配になってきた。
星奈たちも星奈たちである。
一応、目の前にいるのはテレビに出演している有名人である。
普通の人ならば緊張で話すことすら出来ないだろう。
その有名人に対してなぜ簡単に、しかも明るく自己紹介などが出来るのか――。
特に星奈は礼儀というものがなっていない。
まるで、同じく有名人である幼なじみの母親に話すかのような口ぶりである。
まさか、父である智昭にもあんな挨拶をしていないだろうか――。
それも心配になってきた。
「へぇ肩に流れるように髪を結っているのが星奈ちゃん。ポニーテールが日向ちゃん。上でちょっとだけ髪を結っているのが月美ちゃん。それでピンどめで前髪を留めているのが望夢くんなんだ。どうぞよろしくね。それで、みんなはいつからるんるんとお友達なの?」
「だから、違うって言ってるだろ。葉月さんの娘とその愉快な仲間たちだ。あと、いい加減に人前でるんるんって呼ぶな」
「たくさんお友達が出来てよかったね、るんるん。僕、嬉しさのあまり涙が出そうだよ」
と言いつつ、満面の笑みで護琉の頭を撫でる光。
そんな光の手を護琉はバシッと叩いた。
「ってか、あんたみたいな有名人がこんなところで油売ってていいはずがないだろ。帰れ」
「残念ながら今は休憩中なんですー。それで楽屋でゆっくりしてたんだけど、智さんがるんるんが来てるって教えてくれて急いで来たんだよ!」
「余計なことを――。じゃあもう満足しただろ。帰れ」
「あーお腹が空いて力が出ないよー」
そう言って、また護琉に抱きつく光。
喧嘩するほど仲がいいとはまさにこのことである。
「あっじゃあ、おやつ食べますか?」
そう言って、日向は紙袋から何やら箱を取り出した。
その箱を開けると、中にはお饅頭が入っていた。
「わぁ美味しそう!!」
と、目を輝かせたのは星奈。
お腹を空かせているはずの光は、そのお饅頭をただ呆然と見つめているだけだった。
「お母さんがね、有名人がいるところに行くんだから媚びを売るためにも持っていけって持たせてくれたの」
日向、それは人前で言ってはいけないことである。
しかし理由はどうであれ1人だけ紙袋を持っているなとは思っていたが、まさかちゃんと菓子折りを持ってきているとは意外である。
「光さん、よければお1つどうぞ」
「あ、ありがとう――。えっと、これちゃんと白いの?」
「いちご大福なんだから白いに決まってるじゃないですか。ここのいちご大福はすぐに売り切れちゃうからママ曰く、手に入れるの大変だったらしいですよ」
ここのいちご大福の特徴はなんと言ってもあんこよりもいちごの面積が大きいということである。
また、あんこ自体の甘みが抑えられているためいちごの酸味をしっかりと感じられる代物でもある。
そのため、午前中には売り切れてしまうという大人気商品なのである。
そんな大人気のいちご大福が目の前にあるというのに光はそれに手をつけようとはしなかった。
「――もしかして、和菓子はお嫌いですか?」
「違う違う!じゃあ、お言葉に甘えていただこうかな――」
と、光が手を伸ばすよりも先に護琉がそのいちご大福へと手をつけた。
そして、一口食べて――。
「うん、おいしい。しかも、ちゃんと中に入っているのはいちごだ」
「ちょっと!何で護琉さんが最初に食べてるんですか?!あたしは光さんに勧めたのに!!」
「たとえ安全なものだとしても有名人には毒味が必要なんだよ」
護琉のその態度が気に入らなかったのか、日向は頬を膨らませて護琉を睨みつけた。
護琉がおいしいと言って安心したのか、光もいちご大福に手をつけた。
「おいしい!!いちごの香りが鼻に抜けるし、口いっぱいにもいちごを感じられる――。こんなにおいしいものを食べたのは何年ぶりだろう」
そして、光はあっという間にそのいちご大福を平らげてしまった。
「さぁこれで満足しただろ?帰れ」
「あーあ。おいしいいちご大福を食べたら僕、喉が乾いてきちゃったなぁ」
そう言って、マイペースな弥生はボロボロの財布を護琉へと手渡した。
たとえ駆け出しの俳優だとしても、新しい財布を買うお金ぐらいはあるだろうに――。
「ダメだ。こんなことにあんたのお金を――」
「わーい!わたし、メロンソーダがいい!!」
駆け出しの俳優である光にムダな出費はしてほしくない――。
そう思い断ろうとした護琉だったが、空気の読めない星奈のせいで台無しである。
「日向ちゃんと月美ちゃんは何が飲みたい?」
「いえ、わたしたちは――」
「いいのいいの、遠慮しなくて。好きなものを言いなよ?」
「じゃあ、わたしはミルクティーで――」
「あたしはレモンティーがいいです――」
「だって、るんるん。あっそうだ。君もるんるんについていってあげてよ」
「――俺が?どうして?」
「ほら、1人で6つも飲み物持つのとか大変じゃん?それに、るんるんが僕の財布をパチったまま帰ってこなかったら嫌だし。るんるんの見張りしといてよ」
「あんたはどっちが本音なんだ?」
おそらく、護琉が飲み物を買ってくるまで光は帰らないつもりだ。
いや、それを口実にこの部屋に居座るつもりなのかもしれない。
護琉は大きくため息をつくと、何も言わずに部屋を出ていった。
光に軽く会釈をされた望夢も、護琉の後をついていった。
やがて、扉がガチャンという音を立てて閉じられる。
そうして2人の話し声や足音が聞こえなくなったのを確認してから、光はこう口を開いた。
「――ねぇ僕と取引しない?」
その顔にさっきまでの笑顔はなかった。
代わりに、光は不気味な微笑みを見せてくるのであった――。




