#143 仲間のことを知るのは当然のこと
痛みが左腕を筆頭に全身を電流のように駆け巡った。
すると、声が聞こえた。
「でも、まぁいいよ。今回はこのまま退いてあげる。こーんな身体じゃなーんにも出来ないからね――」
――?
まるで水の中に放り込まれたような重くダルい空間で、痛みだけが絶え間なく全身を駆け巡る。
「だけど、覚えておいて。君たちがクールナイツである限り、僕たち裏の存在は消えないってことを――」
この声は確かに希望の騎士の声だ。
だが、その声を発しているのは希望の騎士ではなく――。
『またね――』
その声と同時に希望の騎士はパッと目を開けた。
ボヤケていた視界が徐々に回復していく。
そして、まず焦点があったのは護琉の顔だった。
「――近い」
「うるさい」
周りを見渡すと、盛大に荒らした玉座の間とは大きくかけ離れたきれいな部屋へと移動していた。
「そういうことかよ――」
望夢は今まで起こったことを改めて思い起こす――。
確か、望夢は玉座の間でケルベロスと戦っていた。
しかし、その途中で何者かからの攻撃を受けた。
あのときは激しい痛みで思考がぶっ飛び、目の前の状況を理解することすら出来なかったが今なら分かる。
望夢を襲撃したのはフェリスだったのだと――。
周りが暗闇に包まれていたため、決して姿形を見たわけではない。
だが、あの声だけは絶対に忘れはしない――。
残念ながら、その先からの記憶はない。
だからここからは仮想になるのだが、おそらく痛みに耐えられなくなった望夢は意識を飛ばしてしまったのだろう。
絶望の騎士はそれを好機に思い、表へと這い上がってきた。
その絶望の騎士はある時を境に消え去ったと思っていたのだが――。
そんな希望の騎士のピンチに駆けつけたのが仲間である護琉であり、そして今に至ると思われる。
「ってか、いい加減に手を離せ。すごく痛い」
「――止血だ。我慢しろ」
「いやいや、おまえ逆に搾り取ってるだろ。俺から血液全部搾り取る気だろ?」
この1連のやり取りで絶望の騎士ではないという確信が持てたのだろうか――。
護琉は小さくため息をつくと、ゆっくりと手を離した。
「――で、あいつは何をやらかした?」
「別に。軽く挨拶した程度だよ」
「――まぁいいや。そういえば、発作はもう大丈夫なのか?」
「さて、なんのことやら――」
「さすがに、とぼけるには無理があるだろ?」
護琉が戦いの最中で息を上げるのはこれが初めてではない。
過去の戦いでも何度も見てきた。
だが、それにはきちんとした理由がある。
その理由というのは、クールナイツに変身することにより受ける影響だった。
クールナイツに変身すると身体能力が驚くほどに向上する。
普段よりも素早く動けたり、高く跳べたりとそれはそれはいいことだらけだ。
しかし、残念ながら体力の向上は望めないらしい。
激しく動き続ければ息だって切れるし、身体もダルくなる。
集中力だって切れてくる。
まぁだから望夢は最後までケルベロスを仕留めることが出来ず、おまけにフェリスにも気づかず攻撃を受け、意識を飛ばした挙げ句の果てに絶望の騎士に身体を奪われかけるという散々な結果になったわけだが――。
話を元に戻そう。
だから、護琉もうまい具合に力の配分が出来ていないだけなのだろうと思っていた。
彼の持病について詳しく知るまでは――。
「城の前で倒れたあれは、激しい動きをしたことにより誘発された喘息発作だろ?」
喘息――。
気管支が炎症を起こし、喘鳴や呼吸困難などの発作が生じる呼吸器系疾患である。
護琉は幼少期からその喘息という疾患を患っていたのだという。
しかし、然るべき治療を受けたのでもう治ったとも聞いていた。
だが詳しく調べてみると、残念ながらこの喘息という疾患は完治しないというではないか。
しかも、ほこりっぽく空気の悪いところや寒暖差の激しいところ、激しい運動をしたときなどもその発作が発現しやすいという。
今までの戦いの最中で護琉が息を切らしていたのも激しい運動をしたことにより誘発された喘息発作だったのだろう。
「――まさか、君が喘息のことについて詳しくなってるとはね」
「仲間のことを知るのは当然のことだからな」
護琉は軽く失笑すると、喉元に手を添えてこう言った。
「守護の騎士でいる間だけは無敵だと思っていたんだけどね――」
喘息は甘くみていると命を落とすかもしれないという怖い病気だ。
だからといって、彼に守護の騎士を降りろというつもりはない。
クールナイツを続ける続けないは彼自身が決めることなのだから――。
そりゃ、喘息のことを知る前はなぜこんなやつがクールナイツなんだろうと思ったこともあったが――。
「それが分かったんならもう無理はするなよ」
望夢は右手を差し出す。
とりあえず、この左腕の傷ではダイヤソードを持つことすら叶わない。
敵が現れたら完全に足手まといである。
無理をするなと言ったそばから護琉に迷惑をかけることになりそうだ。
一刻も早くみつ葉と合流してこの傷を癒やしてもらいたいところである。
護琉は望夢のその差し出された手を力強くしっかりと手に取った。
そして、望夢が身体を起こしたときだった――。
ドスンと鈍い音と共に振動が部屋全体を駆け巡った。
――!!
それも立て続けに何回も――。
天井からミシミシという怖い音が聞こえてくる。
塵も降ってきている。
明らかに、上の階から何者かが天井を壊そうと行動している証拠だ。
「――行こう。このままだと僕たちまでぺしゃんこだ」
「あぁ――」
そう言ってその部屋を脱した直後、大きな音を出して天井は破壊された。
望夢はその音に驚いて、後ろを振り返ってしまった。
その部屋の中には明らかに何者かの姿があった――。
塵やホコリが舞っているので姿はよく見えなかった。
だが、明らかにこちらの姿を捉えて笑っているのだけは分かったのだった――。




